天文部に入部してから2週間。毎週月曜日はあのコンクリート打ちの部室で何をするでもない時間を過ごすようになった。相変わらずこの部屋で他の先輩の姿は見たことがない。
 名前だけでもこの部にいるからには少しくらい星について興味を持とうと、彼女が読んでいる天文雑誌(本来、この部で定期購読しているものらしい)を開く。
 特に言葉らしい言葉を交わすでもなく、ただただ無言の時間の中で、聞こえるのはページを捲る音だけ。気まずさも少し感じながら、この空間にもそのうち慣れるのだろうかと。

「久月ー、いるー? あれっ」

 突然やってきた明るい茶髪の男の人。少しキツそうな目をしているけど、整ったルックス。久月先輩を呼び捨てていることから、彼は恐らく3年生か4年生だろう。その人はこの部屋に久月先輩以外の人間がいることに驚いているようだ。それだけこの部屋は普段人の出入りがないということが窺える。

「ああ、私が連れてきた1年生」
「マジで? お前が1年連れてくるとか。ま、通りでこっちにいるんだな。俺は天文部部長の天宮貴弥(アマミヤタカヤ)。お前は?」
「あっ、棚橋佳介です」
「ようこそ天文部へ」

 空いている席に座った天宮先輩は、何やら書類のようなものを久月先輩に渡している。それに無言のまま目を通した先輩は相変わらず無表情で、何を考えているか全くわからない。

「せっかくだし、貴弥からこの部の実態、教えてもらったら?」
「そうだな。ここにいるんじゃ実際何やってるか見えないだろうし」

 それじゃあ始めますか、と真っ直ぐ天宮先輩と向き合って、天文部の実態とやらの説明が始まる。
 それによると、本来毎週月曜日に行われている部活は現在話し合う事柄があるときのみ不定期で行われているようだ。ここまでは久月先輩に聞いた通り。ただ、そこからが少し違った。
 部活の活動内容に関するミーティングはこの部室ではなく、普段講義に使っている教室を借りて行っているとのこと。それは、この天文部という部活が抱える人数の問題。人がいるのかどうかも怪しいこの部活の部員数は、この狭い部室に入りきるような人数ではないのだ。

「え、部員が30人以上もいるんですか!?」
「入部が確定した今年の1年生も含めれば、40人になるかな」
「その割には久月先輩以外の人に会ったことないんですけど……」
「ははっ、この部屋は実質物置だから滅多に人が来ることはないよ」
「え、でも」
「久月は特別。この部屋の主だから」

 不定期で行われている活動内容を決めるミーティングが終わると天宮先輩はひとりこの部屋を訪れ、決まったことを久月先輩に報告するそうだ。そして、星にまったく関係のない活動予定に少しでも部の看板の要素を組み込むのが久月先輩の仕事だとも。

「素人とは言え一番星に詳しいのは久月だからな。だから一応うちの部じゃ観測部長っていう役職持ってんだ」
「そうだったんですか。でも、どうして久月先輩はこの部屋に?」
「そりゃお前、「本人の意向」ってヤツさ」

 チラリと久月先輩に視線を向けると、例の書類に何やら書き込みをしている様子。きっと、活動予定に部の看板の要素を組み込んでいるのだろう。

「一応観測会と銘打った会は開かれるんだけどな、ここんトコ中止ばっかだし。たまにちゃんと星観ようってなっても誰も空なんて見上げない。その程度の部活なんだよ」
「そうだったんですか」
「ま、久月がお前をここに軟禁してたのも何か考えがあってのことだろうから俺は何も言わないけどさ。あ、でもこの部活に関する連絡が回らないのは不便だろうから、アドレス頂戴」

 そして交換したのは、部活関連では2人目になる連絡先。

「興味があったらこっちにも1回顔を出してみて。同期とも顔合わせした方がいいだろうし」
「まあ、よっぽどここが嫌ならずっと向こうに行っててもいいし」

 このまま部室の主を引き継いでもいいけどな、と言って天宮先輩はケラケラ笑う。次期観測部長の育成計画にもいいかもしれないと付け加えて。すると、横からクスリと静かな笑い声。

「それもいいかもね」
「だろ。久月の跡を継げそうな奴なんか今の2年にはいないしな」
「貴弥の跡を継げそうな人もまずいないだろうけど」

 3年生、特に部のツートップが抱く部の将来に対する不安。2年生に部活を任せるのはそんなに心配なのだろうかと抱く不信感。

「ああ、2年は飲むことと騒ぐことしか考えてねぇからさ」
「あと、色恋のことっていうのも付け加えていいんじゃない?」
「違いないな」

 曰く、今の4年生が部活を仕切っていた頃はちゃんと観測会も観測会として成り立っていたし、それなりに落ち着いた部活だったんだとか。だけど今の3年生、つまり天宮先輩の代になってから2年生が好き放題し始めるようになったらしい。天宮先輩は自分の力不足を嘆き、久月先輩はそんな天宮先輩に労いの言葉をかける。きっと、話を聞いただけでは見えない深い事情があるのだろう、と。

「俺は新しく入ってくれた1年生が、この部を出会い系か何かと勘違いするんじゃないかって不安だよ」
「貴弥」
「ん?」
「活動予定の修正、出来たけど。でもやっぱり梅雨だったり満月のタイミングだったりでちょっと難しかったかも」

 なるほど、この2人はちゃんと「天文部」としての活動をしているのか。
 はじめはこの部に入ってしまったことに対して不安だったし後悔もしかけたけど、今ならこの部でやっていけるかもしれないという妙な安心感も抱いた。

「天宮先輩」
「ん?」
「今度、そっちの活動も覗いてみたいんですが……それでも、天文部としての俺の活動基盤はここに置いていても構いませんか?」
「――だと。久月、お前はどうする?」
「どうって、それは私が決めることじゃない。あくまで「本人の意向」でしょ」

 じゃ、伝えることは伝えたし、と言って天宮先輩が後にした部室では相変わらず何も会話が交わされない静か時間。ただ、この雰囲気こそが俺に合う空気になるのかもしれない、と。ただなんとなく、思い始めていたんだ。



(10/06/08)
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