「興味あったら、見に来て」

 そう手渡されたのは、天文部のチラシ。
 大学に入学してすぐ、サークルの勧誘で賑わう学内で、彼女と出逢った。

「天文部?」
「もっとも、天文部だからと言って星に詳しい人間は誰もいないけど」

 緩やかにパーマがかかった彼女の長い髪が風に揺れ、辺りに漂う甘い香り。学内全体を見ればとても賑やかなのに、彼女の周りだけはどこか静かに時間が流れているように見えた。
 第一印象は、胡散臭い。あ、これは天文部に対する印象が、だ。だって、天文部なのに星に詳しい人間が誰もいないって。普段の活動内容すら疑ってしまう。
 ただ、いろいろビラはもらったけどどのサークルに入るかなんて全然考えてなかったから、特に星に興味があったわけでは無いけど暇潰し程度に天文部の扉を叩いた。

「あのー……」

 恐る恐る扉を開けると、本を読んでいる女性が1人。その長い髪から、この間ビラをくれた人だとわかる。部室は閑散としていて、彼女の他に人はいない。ビラにあった部活の活動時間帯にも関わらずだ。

「あ、本当に来たんだ」
「天文部、ですよね? 活動は」
「もっとも、部活だからと言って活動日に誰かがいるとも限らない。あ、好きなところに座って」

 適当なところに通され、しばらくただただ本を読む彼女の様子を見ていたけど何かが始まる気配もない。部員を勧誘する意味があるのかどうかも怪しいこの部活の部室に来てしまったのは、ひょっとして間違いだったのではないかと思ってしまうのも致し方のないことだろう。

「あの、普段はどんな活動をしてるんですか?」
「私は個人的に星を眺めてるよ。部活としては飲み会とか他の部活との交流とか。もっとも、私は後者の方にはほとんど顔も出してないからどんな雰囲気なのかはわからないけど」
「はあ」

 これをいい風に解釈すると、自由な雰囲気があるという風にも取れるだろう。よくよく見れば、彼女が読んでいるのは天文雑誌だ。どうやら、彼女以外の誰にも会ったことは無いけど、この部活で一番星に興味があるのは彼女なのだろうということがわかる。
 飲み会や他の部活との交流に関しての話し合いは不定期で行われたり、メール連絡でスケジュールが渡ってくるらしい。そして、部活としての活動時間に関しては、彼女がこの部屋を占有している状態なのだと言う。

「そろそろ日が沈むね」
「そうですね」
「ところで」
「はい」
「星って、面白いんだよ」
「面白い、んですか?」
「私たちが普段見ている星の光は、何万光年も先から放たれてるっていうことはわかるよね?」
「はい」
「つまり、「今」のモノじゃないってこと。ひょっとしたら、私たちが見ている星の中には、もうこの宇宙に存在してないものも普通に存在するかもしれない。死んでからも、生きてる間の光が届いてる――それってちょっと面白くない? 人間は死んだらもうおしまい。作り上げてきたものが後世にも語り継がれたりはするけど、そんなのごく一部の人だけ」

 普段何気なしに眺めている星のこと。だけど、それについてそんな風に考えたことは一度もなく、彼女の言うことは全て新鮮に聞こえる。

「それに、そろそろ寿命だよっていうサインを放ってる星もある。その逆も然り。生まれたての光を放つ星も。星元来の色もあるから見分けるのは難しいけど、モノによっては肉眼でもわかるんだよ」
「それで言うと、流れ星なんかは」
「あれなんか典型だよね。まさに燃えてるんだから」

 どことなく影のある雰囲気の彼女が語る星の話は、少し文学めいた面持ち。星を眺めながら生きるというコトについて考えるととことん落ち込むから本当はほどほどにしたいんだけど、と言いながら彼女は微笑を浮かべた。思えば、微笑とは言え初めて彼女が笑ったところを見たかもしれない。

「ゴメン、結構遅くなっちゃったね」
「いえ」
「ありがとう。今日もこの部屋に誰も来ないと思ったから、君が来てくれて嬉しかった」
「あの、入部って。どうすればいいんですか?」

 別に星に興味があるわけでもない。だから正確には、彼女に興味を持ったと言う方が正しいかもしれない。星ひとつとっても新しい価値観を与えてくれる彼女から、いろんな話をこれからも聞きたいと思った。

「面倒な手続きは要らない」
「えっ」
「私が君を部員だと認識すれば、それでオッケーだから」
「書類や、名簿とかはないんですか?」
「その辺は、後々あるけど今はまだ大丈夫。そういうのも緩い部活だから」

 毎週この時間にここに来てくれれば自然に定着していくからと言う彼女は、再び雑誌を開く。彼女が作り上げる空間に、こうも簡単に入れるものなのかと疑念すら抱く。

「で、君の名前は」
「棚橋佳介です。先輩は」
「久月憂芽。憂いの芽で、ユメ」

 そして向かい合わせる携帯の赤外線ポート。大学に入ってから初めて交換した連絡先だ。

「ようこそ、天文部へ」



(10/05/20)
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