「くぁ……」

 頭がボーっとする。

「ユーリ、起きたか?」
「ルイ、何日寝てた?」
「3日だな」

 自分がどのくらい寝ていたのかわからないくらいにはボケてしまっている。適当に顔を洗ってメガネをかけ、髪を結び、白衣を纏えばいつものスタイル。

「その間に変わったことは?」
「特にないな。あ、ブレスレットのアップデートをしたくらいで。ほら、こないだ言ったコアツー可視化の。あれを実装した」
「ああ、あれか」
「待ってろ、トーストが焼けそうだ」

 まだまだ頭がぼやけているオレにコーヒーを出しながら、ルイがオレの失った3日間にあった事をデータとして埋め合わせていく。オレが寝ている間にBJが手当てを受けに来たことや、修正班としての仕事があったこと、アイクの調子が上向きになってきたことなど。それを聞きながら、時差を埋めて。

『ユーリさん、いらっしゃいますか?』
「誰だ、朝っぱらから」
『マーノです。あの、目の診察をしていただきたく思い』

 目覚めていきなり降ってかかる仕事。まさかこんなに急だとは思わなかったが、覚悟くらいはしていた。トーストの美味そうな匂いに背を向けるのは惜しいが、仕事はさっさと片付けるに限る。

「あー、まあこれっくらいなら点眼治療で大丈夫だろう」
「そうですか」
「この目薬を、2時間おきにさすように。3日経っても良くならないようならまた来い」
「はい。ありがとうございます」
「仕事に支障が出てるんだな? 目に異常をきたしているということは」
「はい。幸い今はよっぽど強い「影」があまり来ていないので常に動きを俺が追い続ける必要性はないんですが、またいつ強いのが来るかわからないので不安ではあります」
「そうだな」

 珍しくメガネをかけたマーノは、目が回復しないことに不安を抱いているようだ。そりゃそうだろう、目は奴の商売道具なんだ。目が使い物にならなくなったらそれこそ戦う術を失ったも同然だ。同じく目が鍵になっているアイクとの相違点はそこだ。アイクに関しては「見えるに越したことはない」が、マーノに関してはそうもいかない。コイツは「見えなければならない」んだ。

「調教ならともかく、「影」の生成ってヤツにも強大なエネルギーが必要だからな。リッカを戦線離脱させた物と、こないだお前を襲った物と。あれだけ強い「影」を立て続けに生成すればアイラも今は消耗しているはずだ。もうしばらくは大丈夫だろう」
「そうならいいんですが……」
「どうした、何が不安だ」
「いえ」

 まったく、マーノは陰気臭いヤツだ。こうまで弱気でネガティブだからその弱みをアイラに付けこまれるんだろう。

「あの人に、俺は手も足も出なかったんです」
「アイラにか?」
「はい。自分の無力さを痛感することになって、またナユさんにも迷惑をかけて。今回の件ではBJさんも自分の腕を切ってまで探索をしてくださったと聞きました」
「BJのしたことは彩色師の禁忌だ。褒められた行為ではない」

 「護る」、「見る」立場の奴らが一度は通る道、か。こないだも似たようなことでT2が悩んでたな。

「だが確かに、自分のことすら守れないようでは現場では辛いな」
「俺にはナユさんと違って戦闘能力なんてないですし、リッカとも違って何かを生成出来るわけでもない。どうしたらいいか――」
「お前にはお前なりの能力があるだろう」
「見る力ですか?」
「T2やナユみたいな連中にはグレードアップした道具を渡せば解決する問題だが、お前はその限りじゃないからな」

 仮にも技術屋なら。自分の持つ能力で何が出来るのか考えろと。あくまで言葉には出さず、態度で伝える。マーノみたいなヤツにはこっちから一方的に道具や知恵を押し付けるんじゃなくて、その可能性を広げてやる必要がある。
 T2やナユにはまず道具を渡して糸口をつかませるが、マーノは自分で考えることで道を開かないと意味がない。そうでないといつまで経っても自信にならない。

「はあ。俺に、何が出来るんでしょう……」
「オレが知るか」
「そうですよね……」
「そのネガティブ以外は買ってるんだがな、お前のことは」
「え?」
「お前にしか見えないものを、班員にも見えるように作ったあの影探査プログラムは見事だと思ったが」
「……。」
「ん、おかしいか? ま、そりゃそうか、このオレが素直に他人を褒めるなんて滅多にないからな」
「あれは……ナユさんにお前の指示がわかりにくいってお叱りをいただいて作ったもので、自発的に作ったものでは――」
「だが、ルイが至らなかった「現場の発想」が今の戦いをスムーズにしているのは事実だ。お前には、現場が本当に必要とする物を考えて、それを実装する力がある。現場の戦いを実際に見ていないオレたちが口を出すことじゃない」

 ったく、ここまで言わないとわからないか?

「ま、次にアイラが仕掛けてくるときまでに頭を解して考えておくんだな」
「はあ。ありがとうございました」
「それよりマーノ、ここはカウンセリング室じゃないということだけは言っておかねばな。目の治療はついでだろ」
「おわかりになられましたか」
「話してるときの深刻さからすればそう推測するのは容易だ。わかりやすすぎる。攻めの起点がそんなんでどうするんだ」
「申し訳ございません」
「まあ、トーストでも食べていけ。頭を回すには朝飯だ。あ、悪魔はこれから寝る時間か」
「いえっ、いただきます!」
「ふっ…食い気に落ち着くあたり、探索班という感じがするな」

 焼いてから随分時間の経ったトーストをかじりながら、改めて焼くパン。香ばしい香りが部屋中に広がり、もう1枚食べようかという気になる。うーん、3日寝て腹が減りすぎたのか? 食欲が尋常じゃない。
 このネガティブがずっと食い気でなんとかコントロールできればいいが、どうせまたいつかはここに暗い顔をして来るのだろう。そのときはまたパンの1枚でも食わせてから心の中を吐き出させないといけないな。それをどう解決するかはあくまで本人次第だが。


(2011/12/12)
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