「おいユーリ、包帯の換えくんねぇか?」

 治りかけの腕の傷。ケアは日課になりつつあった。結構深く抉ってしまったこともあって治りも少し遅いが、それでもユーリが適切な治療をしてくれているおかげで普通よりは回復を早めるようにはなっているらしい。

「悪いBJ、ユーリは今寝込んでいる」

 ひょっこりと研究施設に顔を出せば、呼んだ名前ではない顔が出てくる。

「寝込んだって。大丈夫なのか?」
「ここ最近のオーバーワークが今になってキたんだろう。俺でよければケアはするけど」
「ああ、じゃあ頼む」

 よくよく考えればユーリは修正班、事故調査委員会研究チーム、医師としての仕事が立て込んでいて、病棟に患者の多い今は特に昼夜問わず働いていたはずだ。
 4年前にミーナが姿を消して以来、医師としての仕事は1人で抱えていた。むしろ今まで一度も倒れたことがなかったのが不思議なほどだった。

「そういやBJ、そろそろまたハーフ検診じゃなかったか?」
「ユーリがこうじゃ、それどこじゃねぇだろ。俺なら大丈夫だ」
「BJ」
「あ?」
「お前、ナユにこう言ったよな。「姿を消した連中がアイラについてなければ」って」
「それがどうかしたか?」
「ミーナはアイラについてる」
「なっ…!」

 腕の包帯を解きながら淡々と言うルイに驚きを隠さない。ここまで予想通りだともう、何からどう手を付けていいモノかわからなくなる。

「どうして言い切れる?」
「ミーナがここに来た。何をするでもなくコーヒーだけ飲んで帰ったが、ユーリにはしっかりと宣戦布告をしてくれた」
「そうか」
「ただ、現状でミーナがお前たちに直接何かしてくるとは考えにくい。相変わらずミーナの眼中にはユーリしかないようだからな。いい意味でも、悪い意味でも」

 ミーナは頼れる医師の1人だった。何があったのかはわからないが4年前に突然消息を絶って以来、どうしているのかはわからなかったがまさかこんな形でここに戻ってくるとは。
 特にルイは幼少の頃からミーナとの付き合いがあるだけあってその消息を誰よりも気にしていたに違いない。それがどうだ、こんな形で生きていることを知るだなんて。しかも堕天になっているという事実。

「でもよ、どうしてミーナは堕ちちまったんだ?」
「深いことは語らなかったからわからないが……俺には何となくその理由もわかるような気がする」
「って言うと?」
「いや、確証がない。俺の思い違いで終わる可能性の方が高い、バカバカしい仮説だ」

 露になった傷に薬を塗って、再び包帯を巻いていく。ユーリ曰くこの薬も元はミーナが開発したもの。薬品関係はミーナに依存していたから、消息を絶たれたときは苦労したと溜め息をつきながら語っていた。

「BJ、ここだけの話だ。事調委には漏らすな」
「ああ」

 包帯を巻かれるという口実で、ルイにもう少し近付いて腰を据える。事調委に漏らすなという以上、それなりの話なのだろうと。

「ユーリの話だ」
「おう」
「奴が寝込んでるのはオーバーワークがたたったと言うより、主だった原因は2つ。いずれもミーナにある」
「どういうことだ?」
「1つは、宣戦布告の際に交わした握手。その手の中に微細な針が仕込まれていて、そこに睡眠導入剤の類の薬品が」
「なるほどな。もうひとつは」
「コイツだ」

 ルイが取り出したのは、毒々しい色をしたカプセルだ。この薬は見たことがないものだ。ひょっとしてミーナに毒でも盛られたのかと考えるべきなのか。

「何だそれ」
「まあ、今のお前には縁遠い物だな。コアツーエナジーの流出を抑える緊急用の薬だ」

 コアツーエナジー。
 俺たち天使や悪魔は各々対になる相手が決まっていて、その相手が傍にいることで生命の核になる部分にエネルギーを保つことが出来る。そのエネルギーがコアツーエナジーだ。ただ、その相手が傍にいなければ身体に負荷がどんどんかかっていき、ストレス値が大きくなっていく。
 その相性のいい相手は例えば、俺ならアイクだしT2ならリッカ、ナユならマーノだ。大概対になる相手は仲がいいことが多いが、ルイとケイティみたいに稀に仲が悪くても対になる場合がある。この時は運命だと思って諦めるしかない。あと、持ちうる能力にも関係があるとも見られていて、研究は今も続いている。

「そうか、ミーナが姿を消してたから」
「ああ」

 ユーリと対になる能力者はミーナで、ミーナが姿を消してから、ユーリは薬でコアツーエナジーの流出を抑えてきたという。だが、ここのところの穴だの「影」だのの多発やオーバーワークでそれが抑えきれなくなった。

「でもよ、何もミーナに拘ることはなかったんじゃないのか? 他にも代わりの相手は探そうと思えば探せたはずだ。それに、天使と悪魔が対になるっつーのもまた変わってるっちゃ変わってるし」
「ユーリがどんなに捻じ曲がった性格をしてるとそっち側で言われてても、所詮天使だ。情くらいあったんだろうな、ミーナに」
「情、ね」

 コアツーエナジー自体は「宣戦布告」で多少は回復したみたいだけどな、とルイが話を閉めつつ、包帯をぐるぐると巻いていく。そういった意味じゃ、相手が近くにいても会いたくないなんて言える俺は贅沢者だと付け加えて。

「ユーリが体力を温存したがるのもその辺の事情が関係してるから、無理に現場に連れ出すことも出来ないしな」
「で、その仕込まれた薬っつーのは解毒したのか?」
「いや、その必要は無いとユーリ本人が言っていた。それにミーナのことだ、無駄にユーリに危害を加えるようなことはしないだろう」

 いつもはもうちょっと尖った奴なんだけどな、コイツも。ヌルくなりやがって。

「どこから出て来るんだ、その信頼が。今はアイラ側についちまってんだぞ」
「これまで培った時間、かな。音声を拾った限りでも、根は変わっちゃいなかった。ミーナはアイラの味方と言うよりは、もう少し違う目的があるような気がしてな」
「ま、とりあえず手当てサンキュ」

 俺からすれば、悪魔のお前にも十分情っつーモンがあるんじゃないのかねと思うけど、それは敢えて言わないでおいた。コイツがこんなに穏やかな表情をしているのに、その腰を折るようなことは出来ない。ミーナの消息がつかめたことに対する喜びが顔に出てやがる。

「しばらくは、身体に気をつけねぇとなー……」

 そんなことを思いながら、眩しい太陽に左腕を透かして見ていた。


(2011/10/16)
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