「はあ……」

 溜め息の原因は、ここのところのオーバーワークだろう。あまり意識しないように努めているが、どうにもこうにもカラダは悲鳴を上げたがって困る。
 リッカの状態も大分良くなった。この分だと完全復帰にもさほど時間を要しないだろう。アイクもまだ本調子とまでは行かないが、カラーストックを作れるまでには回復している。あとは色を認識できるようになれば完璧だろう。
 医師としての仕事は減ってきているが、事故調査委員会としての仕事もある。空き時間にしっかりと惰眠を貪っているルイやケイティとはまた事情が異なる。

「えっと、水はどうしたか」

 手の平にあるのは自分で調合した、そのときの症状に合わせた薬だ。昔はこうしてオレやルイに薬を出してくれる存在もあったが、姿を消したっきりだ。

 ミーナという、寡黙で聡明な女だ。
 共に研究チームに属し、医師として共同で働いていたが突如姿を消した。その理由はわからずじまい。アイツが姿を消してから、医療の仕事は全てオレの担当になった。薬の開発などは奴が主に担当していたため、行方知れずになった直後は苦労した。

「……。」

 差し出されるのは冷蔵庫にあった、キンキンに冷えた水。ただ、この空気はルイじゃない。

「水……」
「ミーナ……」

 ゆるやかにウェーブのかかった長い髪に、蒼い瞳。見かけだけはオレの知っているミーナがここにいる。姿を消してから、実に4年振りだ。
 ただ、当時のミーナとは違う点がある。奴の目は元々紅かった。天使が持つことの出来ない真紅の瞳。それが青くなったということは――

「お前、さては天使に魂を売ったな?」

 魂を売る、と言えばいい者が悪い方へ流れることを言いそうだが、この世界では一概にそうとは言えない。
 良い悪いではなく、「相手方」、だ。
 天使だろうが悪魔だろうがいいヤツはいいし、悪いヤツはどうしようもない。だから、表現としては魂を売るというよりは「堕ちる」という方が正しいのかもしれない。アイラなんかがその典型だ。

「何をしに来た」
「ユーリに会いに来た、それだけ……」
「どうかな?」

 ミーナは元仲間だけあって、この施設の内情には詳しい。潜入調査の可能性だって否めんだろう。その手袋に刻まれたアイラの紋章が全てを物語っている気がしてならん……

「コアツーエナジーパートナーがいないことによるストレスを緩和。それと、疲労回復……」
「見ただけでクスリの効能がわかるとは、相変わらずだな。ただ、前者の原因となっているのはミーナ、お前の他にあるか?」
「……。」

 相性がいい相手と引き離されることによるストレス。見て見ぬフリをしてきた数値のひとつだ。何を隠そう、オレと対になる相手は目の前にいるこのミーナに他ならない。コイツが姿を消して4年、そのことによるコアツーエナジーの減少とそれに伴う症状は自分で調合した薬で抑えてきた。

「アイラの紋章をつけている以上、オレはお前との再会を手放しでは喜ばん。それをわからないほどお前はバカではないだろう?」
「わかってる……ただ、今回はアイラの指令じゃない。私の単独行動……」

 やはり、姿を消した連中の何人かは確実にアイラ側についてるんだな。
 とりあえず今現在のところミーナに戦う気はないということで、その言葉を信じてブラックコーヒーなんかを出してしまうオレはバカなのだろうか。付け合せには、奴が好きだったソルトクラッカー。

「ユーリ、丸くなった……」
「は?」

 確かに、4年前のオレならこうして敵側に回ったヤツをもてなすなどしなかったとは思うが、その他に性格の変化など自覚はない。

「前は、もっと鋭かった……」
「その言葉、そっくりそのまま返すがな。」

 このタイミングでミーナがここに来る目的や、理由はまだ見えない。アイラと何かしら関わりがある以上、油断出来ないのは当然の事。この施設には事調委の機密情報が全部ある。ソイツを抜き取られでもしたらたまったモンじゃない。一応ブレスレットでルイにここの音声を送信してはいるが、気付いているのかいないのか。

「ミーナ、悪いことは言わない。アイラとは関わるな」
「もう遅い。私は堕ちた身……」
「ならば、戦うときはお前を本気で消しに行く」

 コクリと頷き、また無言になる。必要なこと以外話さない空間。こうしていると4年前に戻ったかのような錯覚すら覚えるのに、もう元には戻れないのだと自覚させる。

「コーヒー、ごちそうさま」
「そいつはどうも。……何だ、その手は」
「宣戦布告……」
「ふっ、上等だ」

 固く交わした宣戦布告の握手。実際に戦いの火蓋が切られるのはいつになるだろうか。

「これで、コアツーエナジーは少し回復してるはず……」

 そう言って来たときと同じように音もなく立ち去ったミーナにただただオレは呆気に取られていた。ただミーナの言う通り、コアツーエナジーが回復していたのが皮肉にも、と言うべきか。
 たった1回の「宣戦布告」だけで、今まで姿を消してた4年分を埋め合わせたつもりか? そうやって中途半端に存在を掠めるくらいなら、いっそこのままずっと消息不明の方がよかったなどと思ってしまうオレは自分に甘いのだろうか。

 ああ、眩暈がする。

「ユーリ、大丈夫か?」
「ルイ。少し寝かせてくれないか? くそっ、オレも随分鈍ったな」
「どうした?」
「今の「宣戦布告」は確かに宣戦布告だ。推測に過ぎんが、恐らく奴の手にごく微細な針か何かが仕込まれていたのだろう」
「解毒出来るか?」
「解毒はしなくても大丈夫だ。この感じからすると、昔よくもらってた睡眠導入剤の類の――」

 くそっ…意識が遠く……


(2011/09/16)
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