「はいっ、しっかり縫ってね!」
「はい」

 久し振りに自分の仕事だ。
 リッカ先輩に外出許可が出て、小さな結界なら張っても大丈夫だろうということでこうして班の垣根を越えた連携作業。探索班に合わせたリッカ先輩の活動時間の方が天使的にはおかしいくらいだけど、昼にこうした作業をするのは新鮮だと先輩は言う。

「しかしこれってどうなってんだろ、電子結界ってよく出来てるね〜」
「そうですよね」

 リッカ先輩が出動できなかった間、開きっぱなしだった穴にはマーノ先輩が電子結界を張ってくれていた。マーノ先輩から預かったそれを解除する装置を使って、何もない状態にしてから張る結界。久々の白さだ。ここに針を刺し、糸を通して縫い合わせていく。

「マーノもせっかく能力高いんだから、遅刻しなきゃ事調委やナユさんからの評価ももうちょっと上がるのに」
「誰しも完璧ではいられない、といったところなんでしょうかね」
「人間みたいだね、それって」
「え?」
「ほら、うちらって天使とか悪魔だけど見た目的には人間と何ら変わらないじゃん? ご飯だって食べるし昼と夜だってあるし、血だって出る。むしろ人間と天使って、ナニが違うの?」

 リッカ先輩の質問にはもちろん即答は出来なかった。俺からすれば、天使も悪魔も「そういうモノ」。そもそも自分自身のことすらナニが何だかわかっていないのに、そんな大きな次元の話を持ち出されても。

「人間と天使の違いですか。決定打が見つからないですね」
「空を飛べる飛べないにしても個人差があるしね」
「俺なんかは典型的な飛べない天使ですからね」

 飛べないとは言っても反重力装置を持ってるから一応浮遊することは出来る。高速で飛行することが出来ないだけで。だから、自由自在に空を飛べるリッカ先輩が羨ましくも思う。

「飛ぶという能力が劣るのは自覚してるんですけどね。でもまあ、元々歩くのも嫌いじゃないのでこれはこれで」
「そうだよね、アタシも走るのは好きだし。そうだよねー、足もちゃんと付いてるもんね」
「リッカ先輩、天使や悪魔は幽霊とは違いますって」
「それもそっかー、ですよねー!」

 結界を張っては縫っての繰り返し。これでも大分電子結界を片付けた方だ。大きな結界になるとリッカ先輩も本調子ではないということで後回しになるけど、大概の物が塞がれていく。これでアイク先輩のカラーストックが補充されればBJ先輩の作業もまた動き出すだろう。ただ、BJ先輩のケガの具合も心配だ。

「ねえT2」
「はい?」
「T2って、たまに「表」を覗いてるんだよね?」
「あ、はい。先輩たちと一緒にですが、それが何か」
「T2は、「表」の自分って意識したことある?」
「あ……」

 そう言えば、俺は「表」の自分を知らない。あんまり深いところまで突っ込まずにただただ流し見ていただけだから考えたこともなかったけれど、「表」には自分と同じ情報を持った「自分」がいるはずなんだ。現に、こないだマーノ先輩を襲った「影」は、「表」のマーノ先輩から生成された物だと聞いた。

「まあ、こないだのレインさんの件みたくどっちかで死んでる可能性も否定は出来ないですが」
「T2は、表の自分は死んでるって思う?」
「ちょっと…わからないです」
「そうだよね、記憶だって3年分しかないんだもんね」
「はい」

 変なこと言ってゴメンね、とリッカ先輩はそれから黙りこくってしまった。淡々と繰り返される作業。俺は「表」の自分とは何ぞや?と考えながらの縫合作業。思えば、過去や未来についてそうそう考えたことはなかった。俺は今を生きていたい、そう思っているから。
 やっぱり過去のことよりも今に目が向いているのは、記憶がない部分があるからだと思う。3年前、アーサーに助けられたあの機織小屋から全てが始まったんだ。5年前にあった事故のことだって、それを報道やその他の手段でリアルタイムにいた他の人たちと俺とは想いが少し違う。
 もしかして、俺は人工的に作り出されたか何かしたのが3年前だとか、元々いた存在だとしても俺が俺たる情報を吹き込まれて別人に作り変えられた可能性だって。それこそ考え始めればキリがない。天使と人間の明確な違いが見えない以上、自分が何たるかはわからなくなる一方だ。

「あの、リッカ先輩」
「ナニ?」
「俺は、一体何なんでしょう」
「ナニって、T2でしょ?」
「ですよね」

 そうだ。俺がT2――テックス・T・ニドリー以外の何かである可能性を考える方がどうにかしている。ここはそういうことにしておかないと、もたない。

「スイマセン、変なこと言って」
「そろそろ戻ろっか。結構塞いだよね?」

 記憶がない理由なんて、考えたって仕方ない。どうせ、ないんだし。
 「表」の自分が誰かなんて、考えたって仕方ない。どうせ、いないんだし。

「そうですね。復帰初日から飛ばしすぎるのも良くないですからね」

 ゼロ以上でも、以下でもない。それが「テックス・T・ニドリー」を構成する要素。「表」と向き合うことを避ける俺は、卑怯者ですかね?


(2011/09/02)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -