「BJがアイラに遭遇したんだって?」
「らしいな」
「確かなのか?」
「ブレスレットのデータを見る限り、あれはあの堕天で間違いない」

 自発的にとった1時間の休憩。リビングに向かうとオレ以外の声。ルイと、ケイティ? まさか、能力の相性は良くても性格の相性が最悪のコイツらが2人で打ち合わせ、だと…!? 幻覚じゃないのか? オレも疲れてるのか? 目薬はどうしたっけ。

「それで僕は今日、出動義務はある?」
「大有りだ」
「結構ズレてる?」
「時間にして22分遅れてる。恐らくあの堕天によるものと、「表」からの迷い人を帰したときに生じたものだろう」
「ああ、ユーリ。戻ってきてたのか」
「お前も打ち合わせに参加しろ。現場に出ないと言っても修正班の一員だろ」

 「修正班」――「探索班」、「修復班」と並んで事故調査委員会に設立されている第3の班だ。探索班が次元の裂け目を見つけ、修復班がそれを塞ぐ。オレたち「修正班」はその一連の作業で「表」と「裏」の間に生じたズレを直す役目を負っている。
 修復班が直すのはあくまでも次元の裂け目。表面上、つまり見た目だけだ。オレたちが直すのは内部情報。並行して進んでいる2つの世界の間に生じた都合の悪いズレを修正して、本当の仕上げになる。

「しかし、お前が自らこの研究施設に来るだなんて珍しいな。雨が降るかもしれん」
「僕だって出来ればここには来たくなかったよ。ただ、誰かさんが重大な情報を握っていながら隠蔽している可能性も否定出来ないから、その抜き打ち立入調査も兼ねてるんです」
「ほう?」
「案の定、誰かさんは現場がアイラと遭遇したという事実を僕まで伝えてなかっただろ?」
「忘れていただけだ。故意ではない」

 誰かさん――ルイと、修正班班長にして事故調査委員会議長のケイティは仲が悪い。それはこの世界にいる天使と悪魔の間では暗黙の了解として語られている所謂「今更」な話だ。
 能力としては相性がいいのに、性格の相性が最悪だから困るんだ。いつもこの2人に挟まれているオレの立場にもなってもらいたい。せっかくの休憩時間も休憩にならなさそうだ。現に班の打ち合わせだなんて勘弁だ。

「ユーリ、たまには現場に来る?」
「あー、やめておく」
「……。」
「ルイ。てめぇ来いよっていうオーラを出すのは構わんが、何と言われてもオレは出ん」

 ルイの能力は「表」と「裏」のズレを見る「内視」。ケイティの能力はそのズレを直す「修正」だ。厳密には、あらゆる物の情報を書き換えることの出来る能力。
 「表」と「裏」は独立した世界ではある。ただ、時間の流れもヒト個人の情報も並行している世界だからこそ、ズレに対しては繊細だ。
 2つの世界の間に亀裂が生じたり、「影」が暴れまわったりしてこの世界の秩序が乱れれば、それこそ。故に常日頃現場が動く度にズレが生じるのは当然の事。それをルイとケイティが陰で修正しているから気付かないだけで。

「今は特にアイラが意図的にズラしにかかって来てるんだから、誰かがここで監視していなければいけないだろう」

 T2とリッカのように仲のいい相手と引き離されるのも意識はせずとも酷だろうが、仲の悪い相手と2人きりでの活動と言うのも精神的に酷だろう(現に、この2人のストレス値は高い)。

「アイラと言えばケイティ、BJが冒した禁忌の件だが」
「アイツはもうほっとけばいい。罪も罰もアイツには何の意味もない。手当てだけしっかりしてやってくれ」
「随分と丸くなったものだな。昔は何でもかんでも裁けばいいと思っていたヤツの発言とは思えんな」
「ユーリ、それ以上言うと処罰対象だぞ」
「既にオレたち研究チームは判決待ちの身だ。これ以上どんな罰が増えようとも驚かん」

 だからと言って、その罰はなかろう。

「ルイ、喜ぶな」
「いや、たまにはケイティもいいことをするなと」

 オレに下された罰は、「今日の修正班の活動に参加すること」だ。つまり現場に出ろと。ただ、修正班の作業は基本的に人々が寝静まった時間帯にこっそりと行われる。元々悪魔で夜行性の2人はともかく――

「――夜行性ではない天使のオレには辛い、なんて言わないよなまさか」
「ユーリ、これは業務命令だ」
「行けばいいんだろう、行けば!」

 約12時間後、数年振りの現場へ――

「ったく、現場にオレの仕事なんてなかろうに……」
「まあまあ、たまには外界を見るのもいいんじゃないか?」
「今見たところで空もまだらで――」

 その瞬間、鉛色だった部分が一気にスカイブルーに変わる。そして、この部屋の内装も。いつかぶちまけられたスカイブルーがその明るさを取り戻して、何とも落ち着かない空間になる。

「アイク…!」
「ちょっとはマシになった、ってトコか?」
「そうみたいだな」

 これであんなしみったれた議会とはおさらばだ、とルイが安堵の溜め息を漏らす。遅刻が多いだの発案の仕方がおかしいだのと言われていても、やはりアイクは事故調査委員会の議会には必要な存在なんだ。議会の空気と流れを修正できるのは、奴しかいない。

「これで少しはオレもオーバーワークから解放されるかな」
「ところでユーリ、お前自分の体は大丈夫なのか?」
「心配は要らん」

 しかし、そろそろ自分のことも心配せねばならん時期に来ているな……

「少し仮眠を取らせてくれ。30分経ったら起こせ」

 ただせめて今は、何も考えなくていい時間が欲しい。


(2011/06/28)
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