「アイク、具合はどうだ?」
「んー…まあ、ぼちぼち。色は相変わらず認識出来ないけどね」

 エリカさんが「表」に帰って3日になる。俺はと言えば、相変わらずこの病棟で療養とリハビリの日々だ。変化としては、前よりも何だか気持ちが楽になったコト、そして病室も閉鎖病棟から一般病棟に移動したことだ。隣の部屋からはたまにお腹がすいたと喚く声が聞こえてくる。

「今日の課題は何色?」
「そうだな、草原に使えそうな色」
「オッケ。――…こんな感じ?」
「ああ、使い物にはなりそうだな」
「何か複雑だな、自分じゃ色の濃淡しか認識できないのに」
「それでなくてもお前の場合、見える右目にかかる負担も大きいんだ。今はしっかり休んで、現場復帰と議会復帰に向けて状態を万全にしといてもらわんと皆が困る」

 ユーリがぷかぷか浮かぶ色を採取して、チューブに詰めていく。そうすればカラーストックの完成だ。これは俺の前、レインがメイン調合師だった時代にもよく行われていたこと。もっとも、レインの場合は調合もランダムだから、今の俺みたいに「ナントカの色」という指定は入らなかったけれども。

「それだけお前はこの世界じゃ重要な――…ってアイク、聞いてるのか?」
「えっ、ああ。早く色が認識できるようにならないと、だろ?」

 考えていたのは、あの子との別れ際のこと。多分1週間ぐらいこっちにいたんだと思うけど、こっちにいたことはなかったことになってしまう。それが「表」と「裏」の間で行き来してしまった迷い人に関する決まりごとだから。
 枕元に時計と一緒に置いてある星型のチャーム。なかったことになっても、なかったことにしないために。チャームと交換したのは、レインがしていた指輪。
 レインの見たかった空だけじゃない。俺はあの子がこれから見る空の色も生み出しているのだと。その自覚を持ってこれから仕事をしなければならないのだろう。
 もちろん、それは俺だけで成せる事じゃない。T2やBJはもちろんナユさん、マーノ、そしてまた聞こえてくる、お腹が空いたと喚く声の主にしても然り。現場だけじゃなくてもちろん事調委と研究チームも。

「あれ」
「紙飛行機?」

 開け広げていた窓から風に乗ってやってきた紙飛行機は、ベッドの上に見事な着陸。手元にやってきたそれを拾い上げれば、響くノックの音。返事をすれば、少々遠慮がちに扉が開く。

「スミマセンアイク先輩、少々お邪魔します」
「おっじゃましまーす! アイクさーん! お久し振りですー!」

 やってきたのは隣の病室にいるリッカと、その見舞いのT2。T2に関しては、リッカの復帰までをサポートするという任務に就いたとはさっき聞いた。

「あ、ひょっとしてこれ?」
「そうです、これですー!」
「はい。」
「ありがとうございます!」

 紙飛行機を渡すとそれこそ子供のように笑うリッカと、それを見守るT2。なんだっけ、最近解明されたらしい「能力の相性」の話だっけか。

 何でも、俺たち天使や悪魔には一緒にいることによって本来の力を発揮できる相手が存在して、班編成なんかもそれを見て決められている。探索班で言えば探索のマーノと調律のナユさんなんかがそうだ。それと同様にとリッカとT2は相性がよくて、リッカの復帰までの時間を縮めるためにT2をここに就けたという事情らしい。
 それでなくてもこの2人は能力の相性も性格の相性もいいのに、普段は班もバラバラで生活リズムも違うから滅多に話すこともなかった。それが潜在的なストレスになっていた可能性もあるとユーリは語る。つまり今はリッカのリハビリだけではなくT2のリフレッシュ期間と考えるべきだと。

「ではリッカ先輩、戻りましょう。あまり長居しても」
「えー、アタシもうちょっとアイクさんと喋りたいんだけど」
「えっ、でも」
「うん、いてもいいよ。俺も久し振りにリッカと話したいからさ。なあ、いいだろユーリ」
「1時間だけだぞ。T2、オレも少し休んでくる。何かあったら呼んでくれ」
「はい、わかりました」

 それだけ言い残して監視者のいなくなった病室。まあ、T2もどうやらユーリに飼い慣らされてきた様子だけど。リッカと話すと言うよりも、リッカとT2が話しているのを眺めているといった感じ。リッカが自分の病室でもこうなら、こっちの部屋に声が聞こえてくるのも納得と言わんばかりのはしゃぎっぷりだ。
 ただ、それを見ているのも悪い気はしない。この頃はとても重い気分だったから、リッカくらいバカ明るいテンションの方が俺もひと時の安らぎにはなるかなと思って。レインやアイラのことが脳裏を掠めないと言えばウソになる。だけど今目の前にいる人たちだって大事。

「うーす」
「あっ、BJ」
「BJ先輩! お疲れさまです」

 そしてこの声に誘われるようにふらりとやってきたのはいつぶりに会うのか、とてつもなく昔のことのように感じるBJ。「俺と相性がいい相手」とも読む。

「げっ、BJさん!」
「げっとは何だ、げっとは。なあ、リッカさんよ」
「いひゃいいひゃいー! ったくもう、すぐに手が出るトコはお変わりないようで!」
「ソイツはドーモ」
「あれっ、BJさんその腕、どうしたんですか?」

 リッカの言葉にBJの左腕を見ると、見事にぐるぐる巻きにされている。この包帯の巻き方は過去にも見たことがある。そう、あれはアイラが死刑執行直前に脱走した現場の作業以来になる――

「ああ、ナユにやられた。ちょっと挑発したらすーぐムチ出してきやがってよ。なあT2」
「はい、そうですね」
「えっ」
「あっれ、言ってなかったっけか。こないだナユとT2と俺で即席班作ってよ、そんで活動してたんだ」
「へー、そうなんだ。何か斬新だね。T2、大変だっただろ」
「ああ、まあ」
「てかそれはBJさんが悪いですよ。ナユさん結構短気ですもん。マーノなんかよく殴られたり蹴られたりしてますよ」
「いや、それはマーノが悪いだろどう考えても。アイツの遅刻癖は議会でも大問題になってんだろ?」
「あ、うん議題になったことはあったな。でも遅刻に関しては俺も人のことは言えないし肩身が狭かったな、あのときは」

 あれ、なんだろうこの感じ。俺、ひょっとして今…「楽しい」?
 そうだ、こういう光景、見たことある。修復班で「表」を覗いてるときだ。各々の「表」での姿を見ながらああだこうだ言いながら楽しそうだなって羨ましく思っていたあの光景が目の前にあるんだ。

「うわっ…アイク!」
「空が…!」

 色の濃淡しか認識できなくてもわかる。まだらな模様になっていた空にムラがなくなっている。

「ははっ…あはははっ! あー、マジ楽しー…!」

「アイク先輩、目は」
「ぜーんぜん! 色なんて全然わかんねーって!」
「でも、空は元に戻りました」

 もう少し身体が良くなったら、空だって飛べるはず。

「BJ、もうちょい待っといて。しばらくの間はここでカラーストック生成しか出来ないけど」
「ああ、待ってっぞ」

 うん、俺にも帰る場所がある。


(2011/05/22)
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