「具合はどうだ?」
「変わりないよ」

 ――だろうな。

「急がなくてもいい。ゆっくりで」
「そうだな、今の俺には存在価値がねーもんな」
「アイク」

 しかし、ここまで卑屈になってやがるとはな。やっぱりただ待つだけじゃダメか。守ってばかりじゃ勝てないってヤツだな。本格的にコイツを立ち直らせるためにはこちらから攻めのアプローチが必要になってくるってワケか。

「だってそうだろ? 調合師から色を取って何が残るんだよ」
「だが、完全に色が消えたワケではなかろう」
「ああ、俺にはまだ「光」がある。それくらいわかってるさ」
「……。」
「ユーリ」
「ん?」
「俺、これだけは今でもはっきりと覚えてるんだ、あのときの感触。だけど、あのとき、何が起きてどうしてそうなったのか、大事な部分だけ思い出せないんだ。考えようとすると目の奥が痛くなる。ダメだね、左手の感触に縋ろうとしてるようじゃ」

 アイクの言っているのは5年前に起きた事故のことだろう。全ての始まりだと言っても過言ではない。それまでも次元の間に穴が開くことはあった。だけど今ほど頻繁ではなかったし、規模も小さかった。あの事故以来なんだ、全ては。

「レインも、アイラもいないってわかってる。独りになって、どうやって生きていこうって」
「アイク、アイラのことだが――」
「ユーリ」
「ん?」
「今もどこかで生きてるよな? せめてアイラは」
「ああ、アイラは生きてる」

 ――が、堕ちたとは言えないな、この様子だと。

「アイク、少しずつでいい。少しずつ取り戻して、少しずつ受け入れていけばいい」
「ユーリはいなくなったりしないよな?」
「ああ、オレはどこへも行かない。だが、お前に四六時中付きっ切りというワケにはいかないというのはこないだも言った通りでな」
「わかってるよ。感謝してる」

 そう笑顔では言うけれど、果たしてどこまでが本音なのかな? まず疑うところから始めないといけないっていうのもなかなか辛い立場だな、オレも。

「ユーリ」
「ん?」
「レインで、何をしようとしてる?」
「何のことだ?」
「とぼけても無駄だ。お前はレインを実験材料か何かにしようとしてるかもしれないけど、そうはさせない」

 殺気、敵意、そんなようなものに満ちた目。どうやらオレの方がコイツに疑われているらしい。マッドサイエンティストの哀しき宿命というヤツか。

「アイク、オレの話を聞ける状態か?」
「言い訳なら聞かないからな」
「お前が現実と事実を受け止めきれないなら、今はまだその時ではない。お前がレインだと勘違いしているあの女のこともな」
「勘違いって」
「それなら訊くが、お前はその女の姿を確かにその目で見たのか?」
「見て、ないけど……」
「ついて来い」

 少々予定が狂ってしまったがどうせそのうち荒療治をする予定だったんだ、それが少し早くなっただけだ。閉鎖病棟からどんどん下っていき、オレたち研究チームしか立ち入ることの出来ない領域へと進んでいく。誰にも見つからないようにと細心の注意を払って安置していたその体は、今も変わることなく眠り続けている。

「これが、お前がレインだと思っている個体だ」
「……。」
「修復班は仕事の合間に「表」を覗いてたんだろう? それならばコイツが何かぐらいわかるだろう!」
「「表」の……」

 恐る恐るその女に手を伸ばし、震える手で女の髪をすく。今のアイクの目でもこの女の髪がレインのそれじゃない、黒髪だとわかるはずだ。声すらも震えるその様子は、予想通りと言うのが適当。なあBJ、このオレ様の予測はそう簡単にゃ外れねーよ。

「どうして」
「しばらく前にな、迷い込んできた。偶然が重なった結果だ。それでなくてもお前はこないだ色の不調を訴えてきていただろう? ナーバスになっている時期にこの女の存在を知らせるのも悪いと思って隠していたのがこんな結果になってしまった。これはオレたち研究チームのミスだ」
「……ユーリ」
「ん?」
「この子の目を見たい」
「目?」
「いや、特に深い理由はないんだ。確かに、今ならユーリの力を使わなくても表に返してあげられるんだよね? でも」
「わかった」

 目の前にいるのは幻覚に苦しみ、発狂していたアイクではない。この調子なら色を、心を取り戻す時もそう遠くないか?

「えっ」
「ただ、オレの方にも準備がいる。如何せん、最後に能力を使ってから3年だ。すっかり勘が鈍ってしまっている」
「3年か……テックス・T・ニドリー、「彼」はこの名前を与えられてどう思ってるかな」
「さあな。少なくとも、今は自分の使命を果たすことに一生懸命だ」
「一生懸命って。ユーリからそんな言葉が聞けるだなんて思わなかった」
「何を言う」

 必要な準備は、滅多に発動させることのない能力を解放するためのものと、眠り続けるこの女を目覚めさせるためのもの。そして、もしものときのためのもの。もしも? 言わせるな。最も起きてはいけない事象だ。ヘタをすれば再起不能にもなりかねん。

「それじゃあ、起こすぞ」
「うん」

 本格的な荒療治のスタートだ。これまでの5年間で溜め込んできたものがこれで晴れればいいけどな。


(2010/12/08)
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