「アイクの様子はどうだ?」
「ああ、閉鎖病棟に移した。どうやらモノトーンと赤以外の色の情報がすっぽり抜け落ちちまってるらしい。視力に異常は見られんがな」
「そうか」

 ここのところ働き詰めのような気がする。いくらこのオレ様が深夜勤務の得意な天使とは言え、こうも働き詰めだと身体のひとつも壊さない方が不思議だ。実際こっちじゃ医師は全然足りてないんだ。

「ユーリ、お前も少しは時間見つけて休まないと、そのうち潰れるぞ」
「病棟に3人抱えて、どうやって休めと?」
「リッカに関してはもう放置でもいいくらいだろう、T2が定期的に見舞いに来てるし。アイクは閉鎖病棟だ、そう簡単には出られまい。問題は表のレインだな」

 そうだ。いくら個体情報分解が必要ないとは言え、コイツを早いトコ「表」に返さないと「表」での情報が狂ってくる。
 幸い、この女は1週間くらいなら引きこもって部屋から出てこないことがあっても不思議では無いという妙な性質を持っているようで、今のところコイツの姿を見ていないことに関して不思議に思っているヤツは誰もいない。コイツの恋人でさえもだ。

「久々に、「修正班」としての仕事になりそうだな」
「お前とケイティはともかく、オレの仕事はないくらいの方がいいけどな」
「最後にお前が出たのっていつだっけか?」
「3年前にT2がこっちに迷い込んで来たときだろう」
「そうか、そう言われれば」
「以来何事も無いからオレはこうして医師の仕事に集中出来ているようなものだぞ」

 ソファに横たわり、冷蔵庫から取り出した冷えピタを額に貼ってやる。考えすぎでオーバーヒート気味だった頭がすーっと冷えて楽になっていく。ただ、目を閉じたときに浮かぶのは心残りの顔たち。調子に乗って食べ過ぎてないだろうか、また妙な幻覚に襲われて発狂してないだろうか、そして――…

「ユーリ、寝るならもう少し寝てろ」
「レイン……いや、あの女の様子を見てくる」
「俺が診るんじゃダメなのか?」
「……。」
「あくまで俺は技師か。ったく、医療面では頑固で困る。他のときも十分頑固だが、それでも多少は融通が利くのにな」

 医師としての面でもそうだが、レインの友人としての意味でもある。あと、「表」でもこっちに迷い込んできてしまった女とオレの情報を持った個体は交友関係にあるらしい。オレにだって、情くらいある。決してルイを信頼していないという意味ではない。今では最高のパートナーだと思っている。

「ユーリ」
「ん?」
「リッカに関してはもうT2に任せたらどうだ? アイツらは、班は違えど相方同士だ。一緒にいれば双方にいい影響があるだろう。どうせリッカが復帰するまでアイツには仕事が無いんだ」
「まあ、それもひとつの手段ではあるがな」

 そうとなれば、さっそくルイがT2の所属する修復班班長であるBJに連絡を入れる。どうやらBJも今現在はなかなかに時間が余っているらしく、仕事の速度が落ちているとか。

「でだ、用があるのは俺じゃなくてユーリだ」
『ユーリが?』
「代わった。BJ、オレだ」
『ようユーリ。どうした?』
「修復班はどうせヒマなんだろう? T2をしばらく研究チームに貸してくれないか?」
『まあ、リッカが出てくるまでアイツには出来ることもねぇし別に構わねぇけど、何させる気だ? 一応班長として、その辺の事情は聞かせてもらうぞ』
「そのリッカの話し相手をさせようと思っている」
『はあ? 話し相手?』

 通信の向こう側、まだらに鉛色な空の下。BJがワケのわからないといった表情で眉間にシワを寄せている様子が容易に想像できる。そりゃそうだろう、突然班員をヘルプに欲しいと言われて何か重要な仕事かと思えば話し相手って。理由もなくそう言われれば誰でも呆れるだろう。

『つーか話し相手って』
「1人にしておくとリッカはヒマだの外に出せだのと喚いてこっちが仕事にならん」
『そういう苦情は俺じゃなくてナユに言ってもらいてぇんだけど』
「そこで、ちょうど時間のあるT2にリッカの相手をさせようと。如何せん結界師と縫合師は対の相手だ、悪影響はないはずだ。事実、T2といるときに測定したリッカのストレスを受けた際に分泌される――」
『あー、そーゆーワケわかんねぇのは俺じゃなくてマーノにでも話してくれ。要はT2がそっちにいればリッカがお前らの仕事の邪魔にもなんねぇし状態もよくなるっつーコトでいいんだな?』
「ああ、そういうことだ」

 このまま休みにさせておくよりこれも一応「仕事」として申請出来れば、T2の今月の給与面でも少しは助けになるか、と呟いたBJから送られてきたデータは、T2の出張手続き書類。既にハンコは押されてる。さすが中間管理職。

「お前も今は相方不在なんだ、同様の理由で不具合を生じたらすぐに言え。診てやるくらいは出来る」
『そのセリフ、そっくりお前にも返すけどな。働き詰めのユーリさんよ』
「生憎、このオレはお前に心配されるほど落ちぶれてはない」
『……それなら、アイクを助けてやってくれ』
「それは今のオレの最重要事項だ、言われずとも解っている」
『ならいいけどよ。つーかお前、自分の能力は――』
「――何の話だ?」

 オレの能力は、本当に必要になったときにだけ解放されるべきもの。そう乱発させてはいけないとわかっている。「修正班」としての仕事の時は「やむを得ず」能力を使うといった状態だ。前述の通り、最後に能力を使ったのは3年前。故に、オレを能力なしの医者だと思っている連中も少なくない。

『いや、それでアイクも復活出来ねぇかと思ったけどよ』
「それでは根本的な解決とは言えん。なあBJ」
『ん?』
「今回の件に関して、アイクに対しての治療方針を聞いてくれないか?」


(2010/08/16)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -