ベッドに横たわる女の子はぐっすりと眠っているようで、当分目覚める気配はない。それもそのはず、ユーリさんが強制的に目覚められないようにしているのだから。

「それじゃあ、話を始めようか?」
「お願いします」

 結界を破って表世界から迷い込んできた女の子。この子と事調委、この世界との関係。何がどうしてこうなっているのかという、そこの至るまでの経緯を知りたい。どんなに悲しかったり辛い話でも、真正面から受け止める。

「この女は、「裏」では「レイン」と呼ばれていた。お前も辿り着いた通り、こっちでは既に死んでいる。事調委にこの女がこっちにいることを知られたくないのは、世界の融合と消滅を止めるためでもある」
「それです、何故事調委に隠すんですか?」
「レインは事調委の人間と恋仲にあった。そんなヤツの「表」の個体がこっちに来てるなんて知ったら、動揺するだろう」

 亡くした恋人と瓜二つの存在を事調委に知らせないことで仕事に影響を与えないようにするという配慮だろうか。いや、それだけの理由か? そんな単純なことじゃないような気がする。

「マーノ」
「はい」
「穴が開いてから、完全に修復が完了するまでの過程は?」
「えっと、まず俺が穴を探索します」
「次」
「見つけた穴から漏れている「影」をナユさんが調律して、無力化した「影」でリッカが結界を張って穴を仮に塞ぎます」

 ここまでは探索班の、俺たちが普段やっている仕事。ただ、仕事の流れとこの話にどんな関係があるというのだろうか。そしてユーリさんは、そこから先の工程を早く言えと言わんばかりの目。大丈夫です、俺はちゃんと理解して仕事をしています。

「その結界をT2が縫合して仮留めを完全にして、その箇所に合う色をアイクさんが調合、BJさんが彩色して作業完了、ですよね」
「その通りだ。どこか1ヶ所でも止まれば穴は完全に塞がれない。まあ、どこぞの遅刻魔は耳が痛いだろうな」
「その件に関しては反省してます。あっ、つまりこの子の存在がレインさんの恋人さんに漏れれば、流れがストップすると?」
「――というのがオレの推測ではあるがな」

 人の心ばかりはこのオレにもそうわからない、と言うユーリさんの表情は少しずつ重くなり始める。そうなると尚のこと気になるのはレインという女性のこと。天使なのか悪魔なのか、どんな人生を送ったのか。

「レインは生まれつき盲目の天使でな。グレーの瞳はそれこそビー玉みたいに透き通って美しかったが、本人は自分の眼の色も知らなかった。と言うより、「色」という物を知らなかった」

 バケツをひっくり返したようなスカイブルーが塗りたくられたままになっている、モノトーン基調のはずのこのリビングでさえ色がわからないんだ。いや、色がないんじゃない。彼女には「光」がなかったんだ。

「皮肉にもレインの能力は「調合」でな」
「盲目の調合師、ですか」
「だがその能力は計り知れなかった。調合師は思い通りの色を作り出すのにパレットを必要とするが、レインに関してはその必要がなかった。とは言えレインは色を知らないだろう。どこにどんな色を作り出せばいいのかがわからない。だから出来上がる色はメチャクチャなものばかりだったよ」
「ああ……」
「だが、生み出す色はそれこそ綺麗な色ばかりだった記憶があるな。レインの「調合」の能力には心が深く関係しているというところまではわかった。精神状態がよければいい色だし、悪ければ使い物にならない色になる」
「なるほど」
「レインの生み出したいい色を保存して必要な場所に塗るといった形式を取っていた時期もある。絵の具チューブみたいな感覚だな」

 前にアイクさんは、自分はこの世界で唯一パレットなしでも色を調合することが出来る特殊な調合師だけど、それは自分が元々持っていた能力じゃないとおっしゃっていた。そして、思い出す笑顔と盲目の左目。確かその色は…とても澄んだグレーだ。

「あの…ひょっとして、レインさんの恋人って……」
「ああ、アイクだ」

 想像するのも少し怖くなってきた。そう言えばこの話を聞いたとき、「良かれと思ってやったことが裏目に出ることもある」とも。これはひょっとしなくてもひょっとするんじゃないか?

「きっかけはレインの好奇心だ。やっぱり、「光」が知りたかったんだろうな」
「そうですよね……俺も、光のない世界なんて想像できません」
「アイクはこう言ってきた。『俺の目とレインの目を交換してくれ』、とな。5年前のことになるかな。アイクはただ純粋に、レインに光と色を見せたかっただけなんだろうがな」
「それで、眼の移植手術を?」
「ああ。まあ、このオレが手術をするワケだから失敗はまずないが、誤算はレインの能力がアイクにも生じたことだ。結果としてレインは光を、アイクはパレットなしで調合する特殊な力を得たわけだ」

 ああ、アイクさんとレインさんのことはユーリさんにとっても辛い記憶なのだと悟ったのは、普段は自信に満ちた強気な表情が影を潜め、何だか憂いの色が滲み出ているから。いや、憂いの色というどころの騒ぎではない。本当に顔が青白くて、休んだ方がいいんじゃないかと思うくらいだ。

「ユーリさん、顔色が優れませんが…大丈夫ですか?」
「ああ、悪い。マーノ、話の続きは今度でいいか?」
「はい。無理に聞いて、申し訳ありませんでした」
「この話を聞いているからにはひとつだけ約束しろ。この女の存在は絶対に事調委…いや、アイクにだけは知られるな」
「はい、約束します」
「世界云々の前に、オレはアイツがまた壊れてしまわないかが不安で仕方ない」

 あのユーリさんがここまで言うからには相当な事情なのだろうと。きっと話の続きが関係しているのだろうけど、顔色が本当に悪いユーリさんを見ているとこれ以上無理強いは出来ないし、何より俺は本来勤務中。もうすぐ夜明けで、仕事も終わる。

『マーノ、聞こえるか?』
「はい、マーノです」
『調子はどうだ? 具合が悪いならあまり無理はするなよ』

 どうやらこの空間に対する干渉も出来るようになったようで、ナユさんからの通信が入る。研究チームのお二方の話通り、俺は本当に急に体調を崩してここに駆け込んだことになっているようだ。

『よっぽど酷いなら次は休むか?』
「いえ、少し休んだら気分も良くなったので、今日の夜は普段通りに出ます」
『良くなったならいいんだ。出ると言ったからには遅刻するなよ』
「了解です」

 挨拶だけして研究施設の外に出ると、朝日が昇ろうとしている。ああ、結構長居をしてしまった。とりあえず、今聞いたことは胸に秘めて。そして願わくは、今日も鮮やかな色が2つの世界を守ってくれることを。


(2010/06/20)
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