ブレスレットには、ナユさんからもらったひとかけの白レンガ。空いていた穴に対して「影」が強かったときに結界を張って余ったものだ。

「T2、すぐ行くから!」

 アタシはいつもお腹を空かせてて、ナユさんにもおやつをねだってる。ここで言う「おやつ」は無力化した「影」のこと。余ったときくらい多めにくれてもいいのにって思ってたけど、こんなときのためにとっておいたのかなって。今ならナユさんの考えもわかるような気がする。
 結界を張る以外でアタシの取り得は、足が速いこと。走るのもそうだけど、飛行速度にしても。この仕事に携わっている人の中では一番速い。今A-5区域に向かってる「影」以上のスピードで先回りできるのは、探索班じゃアタシだけ。そして、アタシに与えられた任務は「時間稼ぎ」。

 さっき結界を張ったA-5区域に向かっていると、前には嫌な感じの空気。多分これが今、アタシたちが仕留めようとしている「クロ5」。ナユさんみたくそれを意識することも出来ないし、マーノみたくこれを「見て」分析出来るわけでもない。それでも何となく、かな。ここに「影」がいるっていうのは空気でわかる。

「こちらリッカ。今B-3区域付近ですが、多分「影」と並んでます」
『その嫌な感じの空気、ソイツが「影」だ』
「ナユさん、時間稼ぎってどうすればいいですか!?」
『お前はA-5への「影」の接近を止めることだけを考えろ』
「いや、追いついたはいいんですけど方法が、――っ!」

 あっぶなー! 急に撃って来るんだもんなー! 何とか避けたけど、当たったら死んでたよー!

『リッカ、攻撃されたなら向こうの意識はこっちに向いてる。うちが行くまで何とか引きつけろ。「影」をT2に近づけるな!』

 そして切れた回線。引きつけろったって、アタシだって戦闘員じゃないのにどうすれば…!
 そうこうしている間にどんどん「影」はT2が縫合作業をしているA-5区域に近付いてしまっている。弱いこの結界を破られれば、大きな穴から「影」がどんどん漏れ出してしまう。

「ちょっ、それないってー!」

 「影」が撃って来る散弾は、さっきナユさんに撃ってたのとは違ってアタシを追撃してくる。逃げても逃げても追ってきて、こんなんで本当に引きつけられているのかわかんない。ナユさん、マーノ…早く来て!

「リッカ先輩!?」
「――T2!?」

 しまった、

「きゃあっ! くぅ〜…今のはキいたぁ〜……」

 くっそー…散弾2つ、まともにもらっちゃった……
 「影」を引きつけるつもりが、逆にアタシがA-5区域に追い込まれてたんだ…! しかもまだ縫合が全然終わってない…! 考えることが増えると動きも鈍くなる。頬を掠めたエネルギー弾に滲む血の赤。

「リッカ先輩、大丈夫ですか!?」
「アタシのことはいいからT2は縫合をお願い! ここはアタシが何とかする…!」

 正直、レベルの高いクロ5相手に非戦闘員の天使が2人じゃ辛い。そしてこっちにあるのは白レンガが1コ。

『リッカ!』
「マーノ!」
『「影」の力が急激に高まってる、次の一撃で2人もろとも吹き飛ばすつもりだ!』
「つったってどーしろっての!」
『真っ向勝負だ! もうすぐ俺とナユさんもそっちに着く、それまで何とか!』

 確かに、いや〜な感じの空気が強くなってるよ。アタシとT2もろとも吹っ飛ばす? 考えろ、考えろアタシ。アタシが持ってる能力と道具で今出来ること!

「来る…!」

 真っ直ぐこっちに向かって放たれる敵意の光。

「T2、アタシの真後ろにいて!」

 ナユさんからもらったレンガを呑んで、少し厚めの結界を楯代わりに。白レンガの使い道は、何も結界として穴を塞ぐだけじゃない。とは言え、楯としてこの強大な力に耐えるにはアタシの力を最大限、このレンガに叩き込み続けなくてはいけない。真っ向勝負って、つまりこーゆーコトなんでしょおっ!?

「くっ…あああああっ!」

 ダメ…押される…!

「リッカ先輩…!!」
「T2!」

 T2もアタシを支えてくれるけど、ずりずり押されて背後にはついに薄い結界。これが破られるのも時間の問題。

「――!」

 ふと、押されていた力と光がなくなったと思えば、眩しい月の逆光に見えるのはしなるムチに巻かれ、叩きつけられるクロ5の「影」。
 ああ…ナユさんが来てくれたんだ、と悟った。でも、さっきの光線を防ぐのに力を使いきったのかもう倒れるだけ。いつものように「影」が無力化され、アタシのおやつになるのをT2に抱かれながらボーっと見ている。

「悪い、待たせたな」
「ナユ、さぁん……」
「さ、食事の時間だ、と言いたいところだが、結界を張る力は残ってなさそうだな」
「あ…探索班の皆さん、お疲れさまです…!」
「T2、悪いがリッカにエネルギーを少し分けてやってくれないか? 同じ天使だ、うちとマーノよりは相性がいいだろう」
「はい。スイマセン、こちらこそ作業が遅くて」
「いや、急に深夜作業を頼んだこっちが悪い。この件に関しては、「影」発見時に仕留められなかったうちの責任だ」

 とりあえず、さっきの場所に結界だけは張らないといけない。T2から少しエネルギーを分けてもらって、ふらふらになりながらも何とか立ち上がる。

「リッカ」
「え」

 ナユさんからぽいぽいっと放られた大きな2つの白レンガ。片方は今さっき無力化した、結界を張る用だっていうのはわかるんだけど。

「「仕事用」と、「おやつ」だ」
「いいんですか!? おやつ! しかも、こんなにいっぱい!」
「今回は、まあまあよくやったからな。マーノはここで、再び接近する「影」がないか観察しててくれ。T2の縫合が終わり次第こっちに合流だ」
「了解です」

 ほら、戻るぞと踵を返すナユさんについてふらふらとまた空を往く。次の「影」が漏れ出す前に、今さっきの穴を塞がないと。
 引き続き縫合の作業をするT2、そしてマーノとは一旦離れ、アタシは自分の持ち場へ。2人の会話も少しずつ遠くなっていく。

「それじゃあT2、続きの作業を」
「あ、はい。――えっ…!?」
「「表」の女の子…?」
「結界を破って…!」
「迷い人、か? とりあえず、消滅を防ぐために俺はこの子をユーリさんトコ運ぶけど、T2はひとりで大丈夫か?」
「はっ、はい!」

 そのとき2人のいるA-5区域で起こった出来事が悲しい過去へのプロローグになるだなんて。アタシはこのとき、全然知らなかった。


(2010/06/10)
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