「こちらナユ、「影」の無力化完了」
『了解』

 どうせ仕事をするなら夜。贅沢を言うなら、月が出ている晩がいい。その方が個人的には仕事が捗ると言うか。どこぞのヘンクツのおかげでせっかく月が出ていても仕事はなかなか進まないけど、それでも「影」を処理する時間は平均よりも早くなる。

「あ、今回のは結構な穴だから早急に縫合してくれないか? ――ああ、ああ。A-5区域、彩色は多分後でも大丈夫だ。あ? 天使の深夜賃金? そんな話はケイティにしてくれ。じゃ、切るぞ」
「修復班、出てくれそうですか?」
「ああ、T2を出させた。さ、次のポイントに行くぞ」

 裏世界の住人の名前は、割と「表」の自分に左右されていることが多い。表と裏は並行して進んでいる世界。2つの世界に同じ自分がいる。ケイティみたく「表」の名前が取られてるヤツもいるし、「表」の自分が持ってる別名―あだ名みたいなモノが「裏」の本名になってるヤツもいる。BJなんかがこのタイプだ。
 名は体を表すとでも言おうか、「裏」では名前に能力が左右されるヤツもいて、そのいい例が修復班のT2だろう。ヤツの、誰からも呼ばれない本名は縫合師としてこれ以上ない名前だと聞く。実はうち自身もこのタイプだ。いや、正確には名前が能力にヒントを与えている、とでも言おうか。

「ナユさん、今日は調子が良さそうですね」
「ああ、いい月が出ているからな」

 「裏」のうちの名前「ナユ」のナは表の名前「菜月」の菜から、ユは月を表の世界のどこかの国の言葉で表したときの音である「ユエ」からとられているらしい。故に、ナユのユが表すのは「月」。月の満ち欠けがうちの力を左右する。

「昨日が満月だっただろう、出来れば新月になる前にめんどくさいのは終わらせときたいんだ」
「ナユさんの能力値なら、新月でも十分白の5だろうが「影」に対処出来るじゃないですか」
「いや、叩けるうちに叩くのは鉄則だろう。それに、せっかく暑くなってきてリッカの力も強まってるんだ」

 ああ、やっぱり鞭の調子がいい。この分なら、分析なしでも「影」を追いかけて仕留めることは出来そうだな、あくまでも下等級のヤツなら。ただ、いくら自分の調子がよくても「目」がなきゃ話にならないし、結界を張ってくれるヤツがいなけりゃ「影」は漏れ続ける。

「しかし、条件によって力の増減があるというのは少し大変ではないですか? 俺は特に条件による能力変化がないので安定してますが」
「まあ、生まれ持った性質だし今そんなことを言っても始まらな――来たな」
「アタシのおやつ!」

 感じ取るのは「影」の気配。食べたばかりにも関わらず腹を空かせているリッカにとっては、本人の言葉通り「おやつ」だ。

「マーノ、クロヨンってトコか?」
「いいえ、黒の5です」
「オッケー」
「ナユさん、行けますか?」
「何が来ようが狩るだけだ」

 「影」の種類は主に2種類。色で言うなら白と黒。「影」というのは表世界から漏れている何らかの念。いい念かもしれないし、怨念かもしれないし。どっちにしても「表」の念は「裏」にとっては異物であり、排除されなくてはバランスも崩れるし秩序が守れない。
 漏れ出してきたその想いが強ければ強いほど、裏世界に及ぼす影響も大きくなる。つまりはどちらの世界も歪んでいるワケであって、消滅は避けないといけない。そのために探索班独自の数値で「影」の強さを(マーノが)はじき出して、うちはそれを戦う目安にする。

「くっ…!」

 「影」から放たれる容赦ない散弾。左腕一本でシールドを張って、次の動きを予測する。散弾を使ってくるヤツは大体こっちが油断したのを狙って背後にもう一発用意してるモンだ。
 後ろを見なくても、気配でわかる。この辺だろう? 鞭を振ればエネルギーを撃ち落としたような感覚。やっぱり経験に基いた推測に誤りはなかったようだ。やっぱり月が出てると冴えてるな。

「さすがナユさん!」
「――だが、肝心の「影」本体を見失った。さすがクロ5、そう簡単にはいかないか」

 黒色のレベル5。一番厄介なタイプの「影」だ。ただでさえ黒は怨念にも近いってので実体化して暴走しやすいってのに。ただ、白ならいいのかと言えばそうでもない。如何せん元が悪魔だけに、「いい念」とは相性が悪い。だから、仕事としてはクロイチくらいが一番やりやすい。

「マーノ、探索範囲を広げてくれ」
「広げるんですか?」
「嫌な予感がする」

 うちの周りに「影」の気配は感じない。まるで、どこかに高速で移動してるような「風」を感じる。

「――目標、捕捉しました。予測到達地点はA-5区域」
「A-5?」
「A-5って、さっきアタシが結界を張ったトコですよね」
「ちょっと待て、コイツの狙いは――…まさか!」

 A-5区域では今、修復班のT2がさっきリッカの張った結界を縫合しているはずだ。どうしてわざわざ今縫合の作業をやらせているのかと言えば、穴の大きさに対して張った結界が弱かったからだ。張れる結界の強さは「影」の強さに少なからず影響される。
 さっきA-5の穴に張った結界は言わば急ごしらえ。そんなところに強い力を持ったクロ5が突っ込んでみろ、せっかく張った結界もおじゃんだ。しかも、作業をさせている修復班のT2は戦闘員ではない。戦闘員ではない天使がクロ5の相手をするには無謀すぎる。

「ああもう! 仕方ない、リッカ、出番だ」
「了解です!」


(2010/06/08)
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