「今日の空は#F0FFFFといったところですかね」
「マーノ、正確にはAzureじゃなくてLightCyan寄り、お前風に言えば#E0FFFFだよ」

 すっきりと晴れた、というよりは少し青みが少ない空の色。裏時間午前10時、こんな時間に起きているなんて本当に珍しい。本当は仕事の時間まで家にいようと思ったけど、何を思ったか外に出てしまった。
 まだまだ俺たち悪魔にとっての活動時間帯ではないにも関わらず。たまの散歩も悪くないかと思ってふらふらしていると、事調委の委員長で修復班の調合師・アイクさんを見かけて現在に至る。

「「見る」力が強いとは言っても空の色までは分析出来ないか、さすがに」
「はあ。「影」の分析なら比較的得意なんですが」
「まあ、それが探索師の能力だからな」
「でも、「影」や次元の裂け目が見えても、結局は後手じゃないですか。「影」の漏れそうな場所に先回り出来ないと効率が悪いと思うんですが」

 俺がそう言った瞬間、それまで穏やかな笑顔をしていたアイクさんは事故調査委員会の委員長としての顔になる。今まで、ここまで真剣な表情をしているアイクさんを見たことがなかったから、少し恐怖感さえも覚えていて。いや、俺が今とても失礼なことを思っているのは百も承知だ。

「つまり、「裂けそうな場所」を見つけたい、そういう解釈でいいか?」
「はい」
「今の能力じゃ、わからないのか?」
「「影」が漏れている場所はわかっても、これから裂けそうな場所は判りかねます。俺が未熟で役立たずなのが原因だとはわかってるんです。仕事の時間にも遅れるし、俺なんてダメ悪魔なんです。おかげで進捗も遅れてますし、探索班や事調委の皆さんにも申し訳なくて」

 ナユさんには「暗い」ってよく叱られるけど、今はとことん落ち込んでしまう。自分のダメさ加減を自覚すると、どうして自分にこういう能力が授けられて、どうしてこんな大事な仕事をしてるのに自分はダメなままなんだろうって。

「マーノ、お前の気持ちはわかるよ」
「でも、アイクさんはこの世界で一番の調合師じゃないですか」

 この言葉には、そんな人に俺の気持ちなんてわかるはずがない、という卑屈な意味も込めて。アイクさんは能力が高いのを鼻にかけないいい人なのをいいことに、そう言う風にしかモノを言えない自分は本当に最低だ。

「俺は、「色」のことなんてまだ全然わかっちゃいないんだよ。確かに俺は今、この世界で唯一パレットなしでも色を調合することが出来る特殊な調合師だ。でも、それは俺が元々持っていた能力じゃない」
「では、能力を開発されたんですか?」
「いや、そう言うのもまた少し違うかな。マーノ、俺の左側に座ってくれないか?」
「こう、ですか?」

 言われたままに、アイクさんの左側に移り座る。

「俺の顔の左斜め前くらいで、指を何本か出してみてくれないか? 目が悪い人に「何本かわかる?」ってやる、あれみたいに」
「はい」

 出した指は、3本。比較的目が悪い俺でも、ちゃんとわかるくらいの距離に。だけど、アイクさんは微動だにしない。ただ、顔を覗き込めば右目とは色の違う左目、グレーの瞳がきょろきょろっと動いている。

「アイクさん?」
「俺の左目には視力がないんだ。こうやって右目の視野の中にその手を入れれば、指が3本だってわかるんだけど」
「そうだったんですか……」
「あ、いや、同情して欲しいとかそういうんじゃないんだ。ただ、「良かれ」と思ってやったことが裏目に出ることだってあるって、マーノには知っていて欲しくて。これから裂けそうな場所がわからないのはマーノの能力が低いからじゃない。だから、自分を責めないで」
「ですが」
「だって、「裂けてしまっている場所」がわからなかったら、探索班はあんなに素早く「影」を封じ込められないだろ? ナユさんも遅刻ばかりのお前を完全に見捨てないのは、お前を信頼してる証じゃないか」

 だから、まずは遅刻の時間を少しずつ短くするところから始めればいいんじゃないかなと諭すアイクさんは、俺の知っているアイクさんの表情になっていた。ただ、気になることが少しばかり。色の違う左目に視力がない理由、パレットなしでも色を調合出来るようになった経緯。あと、アイクさんが「良かれ」と思ってやったこと、だ。
 実際一番気になったのは、アイクさんが起こした行動だ。アイクさんが「良かれ」と思ってやったことが裏目に出た経験でもなければ、俺にそういうことを諭したりしないはずじゃないか。まあ、今聞くことでもないだろうから、敢えて聞かないでいるけれど。だから、まずは遅刻を減らすように頑張ります、と一言だけ返して。

「そうだマーノ」
「はい?」
「よっぽどこれから裂けそうな場所がわかるようになりたいなら、研究チームに相談してみたら? どうして次元が裂けて「影」が流れ込んでくるのかっていう研究もしてるみたいだし」
「研究チームですか……でも、ルイさんは少し怖いと言いますか」
「ルイは単にケイティと仲が悪いだけで、根はいいヤツだよ。1人で行くのが怖いなら俺もついてくしさ。マーノは空の色をわざわざ16進数で言うくらいだから、ルイやユーリとは気が合うと思うんだけどなあ」

 ブレスレットで時刻を確認すれば、まだ12時にもなっていない。アイクさんにいろんな話を聞いてもらって、少しすっきりした。今日は確か午後2時から仕事だったはずだ。何だか1日が長く感じる。

「マーノ」
「はい?」
「ナユさんも俺たち修復班も、お前がまず裂けてるところを見つけてくれないと何も出来ないんだ。どんなに個々が高い能力を持っていたとしても。チームって、そういうモンだろ?」
「……。」
「だから、マーノはダメ悪魔なんかじゃない。マーノには本当に感謝してる。ありがとう」
「いいえ、俺は何も。仕事にはまだ時間があるので、研究チームの方に少し顔を出してみようと思います。アイクさん、ありがとうございました」
「ルイとユーリによろしく」
「はい」

 所属する班も種族も違うけど、だからこそ逆に話せることなんかがあるのかなと納得して、重かった心は今何処。向かう先は研究チームのいる施設。まだ仕事までには時間がある。その仕事に繋がるいい話が聞けると期待して、弾む心の扱いに困る。たまの早起きも悪くない。


(2010/06/06)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -