いっそわかりやすいダークな過去でもあれば、楽だったのかなとは思う。
 見た目に反した真っ白な経歴。忌み嫌われたのは、「表」の所為。だから俺は表世界がどうなろうと知ったこっちゃねぇ。滅ぶならてめェらだけ滅んどけ。そしたら、「俺」も唯一の存在になれるのに――なんて、それこそ「表」の思考だな。

「BJ!」
「あ? どうしたアイク、騒々しいぞ」
「3時だよ。検診の予約入れてたんでしょ? ユーリんトコ行かなくていいの?」
「ああ、そうだった」

 ブレスレットで時間を確認すれば、正確には3時5分前。仕事の真っ最中だが、こればっかりは仕方ない。と言うか、今日の用事を入れていたことを、本当に今まで忘れていた。自分で立てた計画ぐらいしっかり守れとどこかの議長サマがまたウルサイだろう。まあ、その辺は次の事調委でアイクに言い訳させよう。

「遅いぞBJ」
「わりィ。ちょーっと彩色に手間取っちまってよ」
「あと、検診前に煙草は吸うなと何遍も言っているだろう」
「いいじゃねぇか、いつだって変な結果なんて出たことねぇんだから。大体、このセンター自体がヤニ臭ぇのに説得力ねぇよ」

 パッと奪われた煙草の火が消される。つーかお前だって今の今まで吸ってたんだろう。思っていても言わない。

「あれ、つーかこのリビングってこんなペンキを雑に撒き散らしたみたいなスカイブルーだっけか?」
「まあ、その辺はちょっとした事故だ」

 研究チームに在籍する医療担当の天使、ユーリ。性格はお世辞にもよくねぇが、それに関しては俺も人のことは言えねぇ。性格が悪いとは言え、不用意に人を傷つけるような発言はしない辺りがコイツの天使たる部分なのだろう。

「お前はいつ「どっち」に傾くかわからないんだ。あまりムチャなことをされても責任は取れんぞ」
「ソイツはドーモ」
「じゃ、ハーフ検診を始めるぞ」

 天使と悪魔のハーフ、それが俺だ。「表」じゃまずあり得ないだろう。「裏世界」では、見たまんま天使と悪魔の仲は悪くない。恋仲になることもある。「表」風に言うならば、違う国の人間同士が結婚する国際結婚にも近いニュアンスだ。
 ただ、天使と悪魔のハーフとして生まれた子どもは、思春期を過ぎるくらいまで能力がどっちつかずだ。天使としても悪魔としても中途半端。自慢するつもりは無いが、俺は稀に見るどっちの能力も高いタイプだったからその辺の苦労はしてないけど。
 ただ、苦労したのは「黒髪の天使」という偏見。黒髪の天使が忌み嫌われてるのは表世界の常識に縛られた偏見だ。髪が黒かろうが金髪だろうが銀髪だろうが、やるこたやってりゃいいんじゃねぇのかよ。

「この結果ならしばらくは問題ないな」
「そうか」

 思春期が過ぎた頃、天使としても悪魔としてもどっちつかずだった俺の中のバランスは、天使側に傾いていった。今でこそ悪魔としての力は抑制されているが、何がきっかけでまたバランスが崩れるかわからない。天使と悪魔のハーフとして生まれてきたヤツには、こうして定期健診を受けることが義務付けられている。

「だが忘れるな、いつどっちに傾くかわからないんだ。些細な異変でもすぐ来いよ」
「はいどーも」
「しかし、黒髪の天使ね」
「俺はほどほどに仕事が出来るから文句は言われねぇけどな。その分じゃ、性格がわりィって言われてるお前ら研究チームも気苦労は耐えないんじゃねぇのか?」
「その辺はお前と同じだ」
「あ?」
「生まれつき故、どうしようもない」

 検診が終わり、研究施設のソファに座り煙草で一服。本当はまだ仕事が残ってるけど、一時の休息を。つーか、空の上じゃどこでケイティが見張ってるかわからねぇからな。よっぽどのことがない限りケイティが近付くことのないここでなら堂々と仕事をサボれる。

「あ、そうだユーリ、ルイは?」
「ヤツならガレージに引きこもって何やら開発をしているが」
「今度はどんな便利アイテムを開発してんだ?」
「開発物が運用可能な段階に達するまでは外部に漏らさないというのがオレたちの間の決まりごとでな」
「ふーん、まあいいけどよ」
「少なくとも、お前のモノでは無いとだけ言っておこう」
「ソイツはドーモ」

 開発施設を後にして、戻るのは自分の持ち場。結構長居したから、そろそろ仕事に戻らないと不審がられるだろう。特に、いつどこで誰をどう見張ってるかわからない事調委議長サマに。

「あ、おかえりBJ。どうだった?」
「異常なし」
「そっか、よかった」
「進捗は?」
「BJが検診に行ってる間、T2が結構頑張ってたから今日の分はあと俺らが色を塗るだけだよ」
「そうか。おかげで議長サマの監視網を逃れられるかな」
「さあ、どうだろ。きっと今頃ナユさんと一緒にマーノに説教してるんじゃないかな? 昨日は2時間遅刻したって言ってたし」

 問題児を抱えているのはどこの班も同じか。ま、この班の問題児はハーフたる俺自身であるからして、自分の問題は自分で何とか出来るから問題はないと言い張っている。そうでないと班長なんてやってられないだろ?

「で、T2は?」
「アーサーのところに糸を補充しに行ったよ」
「そうか」
「BJ、今日は仕事も早く終わりそうだし、夜は久し振りにお酒でもどう?」
「悪かないな」

 「黒髪の天使」という名前の割に、染みひとつない真っ白な経歴。黒髪だというただそれだけで、忌み嫌われるのは「表」の所為。だけど、俺が俺として生きていればダチだって出来るし俺についてきてくれるヤツだって出来る。表世界がどうなろうと知ったこっちゃねぇが、少なくとも俺は、この裏世界が消えてしまわないように色を塗る。


(2010/05/30)
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