「そろそろ、「こちら」と「あちら」にもう少しわかりやすい呼称をつけようと思うんだけど、どうかな?」

 「あちら」時間夜10時、事故調査委員会の定例会が始まる鐘の音が響きます。議長席の隣は空席。しかし、議長のケイティはそれを気にする様子もなく、淡々と議会を始めます。

「ああ、悪くない。そもそもオレたちがいる側の呼称が「あちら」なんて、わかりにくくて仕方ない」
「さて、ユーリは賛成してくれてるようだけど、ルイは?」
「どっちでもいい」
「ルイ、もうちょっと真剣に考えてくれないかな」
「考えてる」

 ケイティとルイの間に漂うピリピリした空気に、会議場全体がヒヤヒヤしていました。同じ悪魔という種族ですが、この2人はとても仲が悪いことで「あちら」では天使の間でも悪魔の間でも有名です。今現在この2人の対立ムードと同等に張り合えるのはユーリだけで、他の会議参加者もユーリの動きに期待しますが、彼が動き出す気配はこれっぽっちも見られません。
 ケイティとルイの静かな争いに対してユーリが首を突っ込まないのはいつものこと。わかっていても抱いてしまう期待は一瞬で打ち砕かれます。そうなると次に抱く期待は、議長席の隣の空席が埋まること。決まって、会議が始まってしばらくしないと埋まらない委員長席の主がやってくることでした。

「ゴメン遅れた!」
「遅いぞアイク! 15分遅刻だ!」
「悪い、ちょっと仕事の後仮眠してたら寝坊しちまって。で、今日の議題ナニ?」
「ああ、「こちら」と「あちら」にもう少しわかりやすい呼称をつけないかという話をしていたところで」
「へぇー、いいじゃん!」
「――ってアイクは言ってるけど、ルイ」
「元々、反対とは言ってないだろ。それに「現場」もこう言ってる」

 ようやく対立ムードが落ち着いたところで、次は新しい呼称を考える段階です。時刻は夜の10時20分を回ろうとしていました。

「と言うか、アイクが来て早々落ちそうなんだが」
「ピュアな天使のアイクちゃんだしな」

 事故調査委員会のトップである4人のうちケイティとルイは悪魔、つまり夜行性。そしてユーリは天使でありながら夜に強い体質のようで、この時間帯も辛くありません。ですが、仕事明けかつ夜行性ではないアイクにはとても辛い会議のようで、今にも意識が飛びそうです。
 そんなアイクはとりあえずそっとしておいて、意識がはっきりしている面々でとりあえず議論を進めようとするケイティでしたが、アイクがおねむになった瞬間再び湧き上がるルイとの対立ムード。これはさすがにアイクを叩き起こさないとこの会議自体が不毛に終わってしまう、そう考えたユーリは懐から何やら物騒な物を取り出しました。

「――っ、」
「ユーリ、何して――」
「お前らがいくら争ってても別にオレは構わんが、時間は無限じゃない。ケイティ、普段から現場に進捗がどうこうってウルサイわりに、会議がぐだぐだなのは何とかならんか?」
「くぁ……」
「起きたか、アイク」
「やっぱ少しの昼寝って脳を活性化させるんだな! 今めっちゃすっきりしてる!」

 ユーリが再び懐にしまいこんだのは注射器でした。この空気を何とか出来るのはアイクのみだと誰もがわかっていたのですが、生理現象はどうすることも出来ないという諦めムードも漂っていた中で、ユーリはアイクに不眠効果のある興奮剤を投与したのです。

「で、会議だっけ? どーゆー名前にしよっかー?」

「おいユーリ、アイクの明日の仕事に影響が出たらどうするんだ」
「その辺は心配要らん。効果は1時間もない。それまでに会議を終わらせれば良かろう」
「なあケイティ、わかりやすい名前だったらさ、適当に番号でも振ればよくない?」
「番号?」
「えーっと、「こちら」が「第1」で、「あちら」が「第2」みたいに。まあ、区別って意味では表とか裏とかでもいいんだろうけど」
「お前それはいくらなんでもちょっと単調すぎやしないか?」
「いいじゃん、仮の名称なんだから。つーかどう決まろうが現場は最初混乱すんだからいーんだよ」

 アイクがいると、ケイティとルイの間の対立ムードがなくなるのはとてもいいことでしたが、今度は逆に話し合う中身がどうにもこうにも軽くなってしまうという問題がありました。しかしそれは頭のいい人たちの抱く問題意識であり、実際アイクの出す「単調」なアイディアこそが普通の人には最もシンプルでわかりやすいようではあります。

「俺は「裏」が好みだ」
「ルイ」
「考えても見ろよ。「あちら」は「こちら」も「あちら」も知ってるけど、「こちら」は「あちら」の存在を知らない」
「確かに」
「なのに俺たちはその両方の世界の秩序を守ろうとしてる。これこそ『「裏」で操る』という表現が適してるだろ」
「じゃあ、ここらで多数決を取るか」

 結局、「こちら」が「表世界」、「あちら」は「裏世界」という名前に決まり、これで「こそあど」の混乱も少しはマシになるだろうと誰もが安堵の溜め息を漏らしたのは、裏時間午後11時03分。会議は解散し、興奮剤の効果が切れておねむのアイクやその他の天使たちは大あくびをしながら帰っていき、悪魔たちはこれからどうするとこの後の予定を擦り合わせています。

「ケイティ、「表」は23時07分だ」
「4分か」
「しかし、「2つの世界のズレを見る」能力なんて無ければ絶対にお前とは顔を合わせないものだけど」
「奇遇だね。僕もだよ、ルイ。「ズレを直す」能力なんて無ければ絶対にお前とは顔を合わせないよ」
「……。」
「さ、「僕らの仕事」を始めようか」


(2010/05/29)
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