「あっ、ルイ。ちょうどいいところに」
「どうした?」
「ちょっと、ブレスレットの調子が悪くて」
「見せてみろ」

 「あちら」の世界と「こちら」の世界の間に開いた穴を修復する仕事に就く天使たちは、ブレスレットを装着しています。これには各々の武器が収納されていたり、能力に応じた機能がついています。他には通信機や時計などの役割も果たす、仕事をする上では重要なものです。
 このブレスレットを開発したのは研究チームのルイです。この穏やかな笑顔は一見すれば天使と見紛うほどのものですが、れっきとした悪魔です。所謂「いい人」であった方が面倒なことに巻き込まれないで済むというのが彼の考え方です。

「しばらくそこで待っててくれ」
「了解」
「少し時間が掛かるかもしれないから、喉が渇いたら冷蔵庫から何か適当に飲んでてくれ。水分補給は調合師の生命線だしな」
「サンキュ」

 アイクは研究施設のリビングのソファに座りながら、普段立ち入ることのない空間をきょろきょろと見渡しています。どうやら彼にはこの施設が物珍しいのでしょう。この施設は、事故調査委員会の面々でもなかなか来ることのない場所であると同時に、ルイの発明用具と称したガラクタが集められているガレージと化しているのです。

「おい、帰ったぞ」
「あ、ユーリ」
「アイク、来てたのか」
「うん」

 ドカッとソファに座ったのは、ユーリという同じく研究チームの天使です。見た目や性格は悪魔のようですが、れっきとした天使です。ですが、本人は天使と言われるといい顔をしません。悪魔に憧れているというワケでもなさそうですが。
 研究チームは「天使のような悪魔」のルイと、「悪魔のような天使」のユーリで構成されています。2人とも頭脳明晰で能力も高いのですが、互いの種族内では「性格に難有り」という評価を受けてしまっているのです。ですが、そんな2人だからこそ息もピッタリで、日夜研究に没頭しています。

「で、今日はどうしたんだ? 事調委は関係なかろう」
「ちょっとブレスレットの調子が悪くてさ」
「ほう?」
「何だか今日は、くすんだ色しか出せなくて」
「作業はどうした?」
「T2に次元の境目をいつもよりちょっと頑丈に縫ってもらって、時間稼いでる」
「そうか」

 冷蔵庫に頭を突っ込んで、何やらごそごそとあら捜しをしている様子のユーリがひょっこりと顔を出すと、アイクに向かって描かれた放物線。その重みが着地した先にあったのは、キンキンに冷えた缶ジュース。

「まあ飲め。このオレからのせめてもの慰めだ」
「ユーリ」
「ん?」
「やっぱり俺、間違ってたかな?」
「知らん。お前がこれから人生をかけて悩むことを、合ってるだの間違ってるだのとオレにあっさりと言われたくはなかろう?」
「うん、そうだね」

 プシュッと缶のプルタブが開いて、辺りに漂うのはアロエドリンクの甘い香り。少し気分が落ちている様子のアイクには、下手な薬よりも精神安定剤の役割を果たしているようでした。

「そもそも、調合の調子が悪いのはブレスレットの所為じゃないだろう。お前の場合、他の調合師と違って精神状態が大きく作用するんだ、原因はそっちなんじゃないのか?」
「だと思う。やっぱダメだな、この季節は。ああ、またケイティに怒られるや、進捗が遅れてるって」

「アイク」
「あ、ルイ」
「ユーリ、戻ってたのか」
「ああ」

 研究室から出てきたルイの手には、先ほどアイクから預かったブレスレット。心なしか少しキレイになって、傷も少なくなったような気がします。

「どうだった?」
「不純物が混ざってたみたいだから、除去しといた。ところで、ブレスレットの中に何か食物を隠したとか携帯してたとかっていうことに覚えはあるか?」
「うーん、食べ物かー…あっ、そういやこないだ仕事中にチョコ食べてて、急にBJに呼ばれたから食べかけのままブレスレットにしまったような気がする」
「恐らくそれがここ最近の暑さで溶けて、色にも混ざってたんだと」
「なーんだ、よかったぁー! せーのっ、スカイブルー!」

 身体の前で翳した手のまん前には、それこそ色鮮やかなスカイブルーが浮かんでいました。本来の調子を取り戻したのが嬉しいのかどんどん色を作っていくアイクに、ルイとユーリは苦笑い。しかも、調子が悪かった原因がチョコレート。子供か、とクスリ。

「おい、どーすんだこの「スカイブルー」は」
「え、適当に使って! よし、じゃあ俺仕事に戻るから! ルイ、サンキュ!」
「色が戻ったからってあんまりはしゃぎすぎるなよ」
「だーいじょうぶだって! あ、ユーリも話聞いてくれてサンキューな!」
「おいっ、水分補きゅ――」

 バタン!と勢いよく閉まったドア。研究施設は嵐が過ぎたかのように静かになり、ユーリがひらひらと無言で手を振るだけ。

「くくっ……物は言い様だな。チョコが色に混ざるかよ」
「ルイ」
「だからこそあんなバカな嘘にも騙されて、調合の調子も戻るんだろ? ピュアな天使のアイクちゃんは。単純だから」
「――「色」な……」
「色について思うことがあるんだったら、アイツの左目にでも訊いてみるんだな」
「……。」
「それとも、お前もアイツと同じ後悔でもしてやがるのか。え? 移植手術をしたことに対して。――うわっ、何しやがる!」

 ルイの白衣を濡らしていたのは、先ほどアイクが浮かべていたスカイブルー。

「調子に乗るな、ルイ」

 そして、やったなこのやろと言わんばかりにやり返すルイ。モノトーンのリビングは、いつの間にかスカイブルー。それこそ、先ほどのアイクを笑えないくらいには子どものようでした。

「気が晴れた」
「そーかよ。で、どーすんだこのスカイブルーは」
「まあ、しばらくはこのままでもよかろう」


(2010/05/29)
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