いつも騒がしくも愛しき日常を送っている「こちら側」の世界と同時並行で進行している世界、「あちら側」。「こちら側」から「あちら側」を見ることは出来ませんが、「あちら側」から「こちら側」を見ることは出来ます。
 「あちら側」は、天使と悪魔の力が等しくあることでバランスを保つ世界です。しかし、「あちら側」の世界では今、大変なことが起こっていました。

「おいアイク、「向こう」のお前、また彼女に放置プレイ食らってんぜ?」
「ああ、「カズ」はいつもだよ。でも、彼女に放置されるの慣れてるみたいだし、いいんじゃない?」

 「あちら側」の世界の天使が2人、仕事の合間にまた「こちら側」の世界を覗いているようでした。「こちら」と「あちら」は同時並行で進行している世界だけあって、「自分」も「こちら」と「あちら」に1人ずつ存在しています。もっとも、「あちら」と「こちら」で自分の置かれている立場や名前は大きく異なることがありますが。

「それよりBJ、議長に進捗の報告はした? 修復班の成績が悪いと怒られるのは俺なんだから」
「ああ。あの野郎、案の定眉間にシワ寄ってやがったな」
「やっぱり。探索班はどうだって?」
「ナユが1人で全部抱えてやがるな」
「マーノは? ナユさんの相棒の」
「アイツ、仕事の時間になっても集合場所に来ねぇらしいぜ。来るのは1時間以上経ってからだってよ」
「ああ〜、そりゃ向こうの進捗も遅れてケイティがキレるワケだ」

 「こちら側」の世界では天使と悪魔の仲が悪いように言われていますが、「あちら側」の世界ではとても仲が良く、普段から仕事も一緒にしています。種族の違いにとらわれることはなく自分の職務を全うするだけ、そう割り切った考えの者が多いのです。
 「あちら側」で起きている大変なことというのは、「こちら側の世界」との間に穴が開き、そこから天使と悪魔の力のバランスが崩れてしまうという事故でした。本来「あちら」と「こちら」は相互に影響し合わないはずですが、ここのところ妙に互いの世界を行き来してしまう迷い人が増えていました。
 その原因を調べるために「あちら」では天使と悪魔が手を組み、事故調査委員会を立ち上げました。その議長が悪魔族首長のケイティです。「こちら」では、そんな事故が起きていることも皆知らないので、「あちら」の面々が全面的に動くことで皆納得しました。

「しかし、「穴」ねぇ」
「これを塞いで、「こちら」から「あちら」に来た人をちゃんと元の世界に帰してあげないと」

「BJ先輩!」
「どうしたT2!」
「糸の換えありませんか?」
「おし、T2行くぞ!」
「ありがとうございます!」

 空からBJにかけられた声は、ティーツーと呼ばれるまた別の天使からのもの。大きな針を持った彼がしている仕事は、世界の間に空いた穴を縫い合わせることです。ここから湧き出る歪んだ力をとりあえず塞き止めること、それが彼の仕事の内容です。

「先輩、この穴は塞ぎました!」
「アイク、ミキシングは?」
「うん、出来てるよ。今日の空に良く合う、スカイブルー」
「上出来だ。さすがこの世界一の調合師」

 辺りの歪んだ力を除去し、穴を縫い合わせる。その箇所に相応しい色を塗ってあげること。そうすれば「穴」は閉じ、「こちら」と「あちら」の間で力や、迷い人の行き来はなくなる。事故調査委員会の出した結論がそれでした。
 BJのするブレスレットには大きな刷毛がしまわれていて、それでアイクの作った色を、T2が施した縫い目周辺に塗ってあげる。こうすることで世界の歪みを修正することが出来るのです。それが、彼ら「修復班」のお仕事。

「いっちょあがり」
「さすがBJ」
「お疲れさまです」
「つっても「穴」はここだけじゃねぇし、今も開き続けてるっつーんだろ?」

 そうです。今も「こちら」と「あちら」の間に穴は開き続けています。このまま穴が開き続けてしまうと次第にどちらの世界も混沌の渦に飲み込まれてしまう、というのが研究チームの出している仮説です。同じ世界に人としての同じ個体が2つあることは、どちらの存在も消滅してしまう、と。
 「あちら」で天使や悪魔として存在している自分と、「こちら」で人間として存在している自分。そして自分たちが暮らしているこの世界を守るため、この世界では天使と悪魔が手を組んで、世界のほころびを日々直してしているのです。この組織を人はいつしか「the World Revisioner」――「世界の修正人」と呼ぶようになっていました。

「はいこちらBJ」
『こちらナユ、「影」の除去完了』
「了解。アイク、T2、次の仕事だ」

 彼らの仕事はまだまだ終わりが見えません。ですが、「こちらの世界」が動き続けているということは、「あちらの世界」で彼らが穴を塞ぎ続けているということなのです。

(2010/05/29)
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