「菜月先輩はアタシのー!」
「違うもん、ハナのだもーん!」

 ここまで困惑した菜月先輩を見るのは初めてかもしれない。いや、「かもしれない」ではなくて、確実に初めてだった。向島にいたんじゃ絶対に見れないその表情が訴えかけるのは、救援要請。

「ねえ菜月先輩、先輩はおハナのじゃないですよね!」
「それを言ったら美佳子のでもないもん!」
「いや、と言うか2人とも、そんなに引っ張ると危な」
「「野坂先輩は黙ってて下さい!」」

 ステレオでビリビリと響く女の子の声に、ただただ圧倒されるのみ。ただ、菜月先輩からの助けを求める視線は相変わらず俺に注がれているのがわかるだけに辛い。

「野坂、菜月さんを助けなくていいのか?」
「あ、圭斗先輩。俺じゃ何を言っても聞かないですよこの2人」
「しかし、菜月さんもすっかりアイドルだね」

 夏合宿が終わり、その打ち上げの大きな飲み会が行われたときのことだった。初心者講習会と夏合宿の効果もあって下級生からの羨望ゲージがマックスに到達した菜月先輩を取り合う女子たちの戦いが始まってしまったのだ。
 そして今回の飲み会は普段の向島インターフェイス放送委員会のイベントに参加している大学の他に、向陽大学と永労大学が特別参加している。どうやらIFの外でも菜月先輩の活躍は有名なようで、大変なことになってしまっている。

 その結果がこれだ。

「ハナのー!」
「アタシのー!」

 菜月先輩の両腕は彼女たちに引っ張られて綱引き状態。それを遠巻きに見てご愁傷様といった視線を送るのは、菜月先輩と同様にIF内で多大なる影響力がある高崎先輩。

「高崎先輩、どうしましょう」
「あ? つーか菜月は前々から女子に囲まれたがってたんだろ。なら今の状況は夢にまで見た状態なんじゃねぇのか?」
「あくまで菜月先輩の好みの女子は「春風の似合うぽわぽわして可愛い女子」ですから、あそこまできゃぴきゃぴしてると。せめてハナだけでも直属の先輩権限で何とかしていただけると助かるのですが」

 仕方ねぇな、と相変わらず綱引き状態になっている菜月先輩の元に歩み寄り、べりっとハナを引き離す。これによって一気に力のバランスが崩れ、菜月先輩はぐらっとふらつく。

「何するんですか高崎せんぱーい!」
「ったくお前は。外で問題起こすな」
「いたーい! しょぼーん」

 ハナの頭にゲンコツが容赦なく降る。これが噂のあれか。

「ったくお前も!」
「前原さん、自分がモテないからって僻みでしょー!」
「うっせ! こっちは邪魔してる身なんだからあんま人に迷惑かけんな! あー、奥村さんうちの辻がスイマセン」

 もう片方の腕からもべりっと辻さんがはがされる。永労大の前原さんだ。初めて見るけど結構カッコイイ。

「保護者も大変だな」
「いやぁー、お互い様じゃないっすか?」

 自分の後輩を菜月先輩から剥がして一息ついた先輩方は、生中片手にスモーカーゾーンを作り上げてしまった。

「菜月せんぱぁーいッ!」
「奈々」

 そして俺の目の前に広がるのは、奈々が菜月先輩に抱きつくごくいつもの光景。

「野坂、ちょっと来い」
「はい?」

 高崎先輩に呼び寄せられ、煙の幕が厚くなっているスモーカーゾーンへと侵入する。この煙の厚さ、嫌煙派の菜月先輩は絶対に近寄れないだろう。

「お前もよ、力ずくで菜月を助けるくらいのことはしねぇと無能扱いのままだぞ」
「いや、でもあの女の子の中に入っていくには勇気がいると言いますか」
「へぇー、野坂クンモテそうだけどねー。え、ひょっとして野坂クン、奥村さんに認めてもらいたいの?」
「え、あ、えーと…って言うかモテないですよ」

 何て言うかこの流れは嫌な予感がする。このままここにいるととんでもない方向に話が持って行かれそうで。

「菜月先輩!」
「あ、ノサカ。ん、お前タバコ臭いぞ」
「申し訳ございません、スモーカーゾーンで捕まってまして」

 菜月先輩の脇に座ると、案の定服に染み着いたタバコの臭いのことを言われた。机の上には、菜月先輩が飲んでいる林檎酒ソーダ割りのグラス。

「ホントだ、高崎のヤツの臭いだ。アイツも、いつもの飲み会じゃスモーカーが少なくて肩身が狭そうだからな。前原がいて開放的になったんだろ。まあお前も飲め」
「あ、それではいただきます」
「しかしあれだな、向島は男所帯だからやっぱり女子の扱いには慣れないな」
「それでも菜月先輩は後輩たちみんなの憧れの存在でいらっしゃいますし」
「バカ言うな」

 イカのゲソ揚げをつまみながら先輩はさらに酒を煽る。先輩は酒を飲んでもあまり顔に出ない方だけどうっすら赤くなり始めてるような気がする。

「ったく、お前はどうしてこう無能なんだ」
「そう言われましても。いや、あのっ、菜月先輩?」
「無能でも腕ぐらい貸せるだろう」
「はあ」

 感じる視線は、スモーカーゾーンから。この視線に含まれてる意図を読んだら負けだ。
 相変わらず菜月先輩に左腕をとられたまま、自由の利く右腕で俺も酒を煽る。こうなればあとはもう勢いだろうと。

「結局こう落ち着くから、菜月にも近付きにくいっつー事情があるんだろうけどな、下級生の女子からすれば」
「なるほど」
「ま、酒の入ってる菜月には近付かないが勝ちだけどな」
「高崎クン、嫌なことでも思い出した?」
「昔のコトだ」

 飲み会会場は相変わらず賑やかだ。1年生たちはきゃっきゃと元気だし、緑ヶ丘勢の酒量はハンパない。スモーカーゾーンの煙はさらに厚くなった。
 菜月先輩を巡ってステレオで響いていた声は、今は遠くに。今度はどんな男がカッコいいかといったような普段のIFじゃまず聞かれない話題なのは他大学さんを招いた効果かもしれない。

「ノサカ」
「はい?」
「林檎酒ソーダ、もう一杯頼んどいて」


end.


++++

今回も本家ナノスパ24時間テレビ便乗企画24*nano-spiral作です。
3タイトルクロスオーバー企画第2弾は、JJ*nano-spiral×raise「生野君と守川さん」です。
前回は生野&守川さん×高崎だったので、今回は菜月&ノサカ×前原さん&美佳子になりました。
高崎と前原さんはナンヤカンヤで気が合いそうな気がするんですよね。気だる〜い感じが(笑)

初出:24*nano-spiral(10/08/28)

(10/09/14)
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