課長の長話が守川さんを襲って2日後、隣の席は空席だった。何でも、別オフィスを拠点とするシステム2部のヘルプに飛んだとかなんとかって。まあ、守川さんはこっちの仕事もちゃんと出来てるし、何よりも「デキる人」だからどこへ行っても環境適応能力的にも問題なさそうだ。

「あー、疲れたっ」

 例によって今日も絶好調。朝からずっと時間が経つのを忘れて作業していたら、先輩と課長にそろそろ一息入れろと半強制的に行くことを命じられた休憩室で、大きく伸びを。そこから見える喫煙室には相変わらず前原さん。

「お、生野じゃん。どーしたよ珍しい」
「確かに、最近絶好調なんでこうやって休憩するのもあまりなかったですからね」
「ところでよ、生野」
「はい?」
「守川のことなんだけど。聞いたか?」

 何のことですか、と返せばやっぱ知らねーか、と一言。このまま黙られるのも逆に気になって作業に差し支えるかもしれないとか何とかって適当に前原さんの口を割らすと、何でも守川さんに東都オフィスへの異動辞令が出たっていう噂があるとのこと。
 東都オフィスと言えば、今はまさに戦場となっているとにかくヤバいっていうプロジェクトの拠点で、そう言われてみれば守川さんが今日2部のヘルプに行っているのもこのプロジェクト関係なのかなって考えるとしっくりくるし、何より前原さんの情報網は比較的確かなもの。

「こう、喫煙室って隔離された空間だろ。先輩といろいろ話してっと、耳に入ってきちまうんだよ」
「喫煙室は確かにそういう内密な話をするのには打ってつけの場所と言えば場所ですもんね」
「ほら、守川こないだ課長に捕まってたじゃんか。あン時に異動って言われたんじゃないかって言われてて」
「ああ〜…そういやそんなこともありましたね」

 そう考えると、話の後で大きく吐いた溜め息にも理由がつく。守川さん本人が何も言わないのは恐らく「まだ決定事項じゃないから誰にも言うな」と課長から口止めされているからだろう。そんな感じで過去、いろんな場所に飛ばされた人を何人も見てきたから、想像するのは簡単だった。

「何より、守川のやってた仕事の引継ぎがどうたらっていう部分がそれを確信めかせてるよな」
「えっ、引継ぎって」
「アイツ、とことん黙ってんのな。せめて生野には言ってもよさそうなモンだと思ってたけど。つーかお前らが作ってる部品って対を成してるんだろ? 入荷と出荷で」
「何で知ってるんですか」
「その仕事を引き継ぐのが俺だからな」

 ま、来週アタマからだけど。そう前原さんは淡々と言うけれど、俺はと言えば状況が飲み込めずにいた。
 これまでの確定情報は、少なくとも2つ。守川さんの仕事を前原さんが引き継ぐことになったこと。それと、前原さんが今いるプロジェクトからこっちのプロジェクトに異動になったことだ。

「まあ、俺も守川から引継ぎの詳しい理由までは聞かなかったけどな。東都に行くか、2部に行くかってトコじゃね? どっちにしても守川はこのオフィスからいなくなっちまう線が濃厚かもな」
「ちょっと前原さんそれマジなの…?」
「お?」

 休憩室にやってきた辻さんがどうやら「守川さん」という単語を拾ってしまったらしく、俺たちの会話内容に受けたショックが表情から読み取れる。

「ちょっとマジで? 守川さん東都に行っちゃうの? あそこに飛ばされた人みんな死にそうになってんじゃん」
「ちょっ、落ち着け辻。いいか、これはまだ確定情報じゃない。それに、守川がどうなろうがお前に直接関係ないだろ」
「関係ないことないよ! だって同じ1部1課の同期じゃん!」
「仕事にって意味だ」

 わかってる、わかってるけどやっぱり急すぎるよ。そう辻さんは肩を落とす。あくまで前原さんは「確定情報ではない」と繰り返すけど、守川さんが俺のいるこのプロジェクトから異動になるのは今までの話を聞く限りではかなり濃厚な線で。

「てゆーか前原さん」
「あ?」
「さっき守川さんがどうなろうがお前に関係ないって言ったけど、微妙に影響してんじゃん」
「何がだよ」
「ペアプロ! 守川さんがいなくなって、前原さんがそこにシフトしたらアタシだって仕事変わるじゃん! アタシの横から前原さんがいなくなっちゃうじゃん!」
「つーかお前知ってたのか、引継ぎの件」
「隣の席であんな堂々と社内メール読んで、添付ファイル開いたら嫌でもこっちの目に入るよ…!」

 さすがにこれにはやっちまったかな、と前原さんも溜め息をひとつ。
 どっちにしても、ペア解消は遠くない話だろ? そうやって、いつも吐く暴言とは違う形の優しさで辻さんを宥めるのは、不穏なメールを見せてしまった前原さんなりの罪滅ぼしの仕方なのかもしれない。

「バカ野郎、能力的には俺より全然辻のが高いだろ。むしろ俺邪魔してたぐらいじゃね?」
「違うよ、アタシ前原さんが言ってる通りにコード組んでるだけだったもん。前原さんはデリカシーないしたまにめっちゃ腹立つけど、やっぱいてくんなきゃやだよ……」
「お前やっぱ守川のことしか頭にないバカだな」
「ちょっとぉっ!」
「この時点で俺はこのオフィスに残ることが決定してんだよ。お前の席からだったら嫌でも目に入んだろーよ」

 ま、どうなるかはわかんねーけど、俺がオフィス異動になる前にはあのバクダンチョコのリベンジでもしてくれや、と前原さんは作業室に戻っていった。かなり真実めいた噂に俺と辻さんは、ただただ呆然とするだけで。それまでの集中力はどこへ行ったのやら、守川さん本人の口から真実を聞かないと納得出来ないって。そう思った。


to be continued...


(11/05/05)
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