「くぁ……」

 あまりに堂々としたあくびに、俺もつられて控えめなあくびを。薄暗い部屋、放たれるプロジェクターからの光に思い出すのは、いつぞやのラブラブビーム。

 今日は会社で「プロジェクトとリスク管理」という研修セミナーが開かれていて、主に俺たちのような若手社員が出席させられて――否、あくまでも自分の意志の下で出席している。
 部署ごとに席順が決められたのか、3人がけのテーブルには左から俺、前原さん、守川さんの順で座っている。辻さんは今日、外部に出ているとかでこの講義には出席しないんだとか。実に羨ましい限りだ。
 実際、講義自体は結構ぐだぐだだ。流れるパワーポイントを眺めて、出される例題に答えて。ただ、講義を聴く時間が長いのが苦痛で仕方がない。休憩は90分ごとに10分程度挟まれる。ただ、それだけじゃ耐えられない。

「つーかマジねみィんだけど」
「前原さんホント辛そうですね〜」
「普段の仕事だったら好きな時にタバコ吸ったり出来んじゃんか。しかもこれ文字書く課題とか、俺こーゆーのいっちゃん苦手なんだって」
「ああ〜、わかります。俺も作文とか、文字書く系はあんまり得意じゃないです」

 そうこう話している間にも話は進む。たまに講師の人(とは言っても同じ社内の部長だ)に話を振られないかとそわそわしつつ。

「つーか、まだあくびくらいならマシじゃね? これに比べれば」

 そう言って前原さんが指差したのはその横にいる守川さんだ。普段の業務のときからただでさえ睡魔には打ち勝てない様子の守川さんだ、こういった講義形式のセミナーではさらにその誘惑に打ち勝てるはずもなく。

「守川さんめっちゃ堂々と寝てるじゃないですか」
「ま、図太いと言うか無神経と言うかだな。ったく、ここまで堂々と寝てると起こす気にもなんねぇし」
「さすがに俺たちの席が最後尾だからってそれはまずいですよ、起こさないと。守川さん、起きてますー?」

 前原さんの後ろからつんつんとシャーペンで守川さんの腕をつっついてみたけど、起きる気配が見られない。さすが守川さん、熟睡状態だ。ただ、それを周りから見て悟らせない様にさせる技術が一級品なのは普段の業務中に思い知らされている。

「ダメですね」
「ま、いいんじゃね? これが何かに役に立つかっつって即答出来ねぇし」

 熟睡の守川さんはもう放っておくことにして、課題として渡された白紙に回答を書き進める。制限時間は1時間。その間に論理づけて書かなくてはいけない「思考」は、ただ垂れ流した文章を書くことよりも数倍辛い。プログラムの方がまだ思う様に書けるのに。
 前原さんは相変わらずタバコが吸えないのと文章が思う様に書けないことにイライラしているようで、シャーペンの頭でボリボリと頭を掻きむしっている。守川さんの用紙は白いままで、どうするんだろう課題。ただ、俺も自分のことで精一杯なんだけど。

「はい、とりあえず30分経ったので休憩にしてください。書けてない人はそのままあと30分の間に頑張ってください」

 こう声がかかった瞬間、前原さんはシャーペンをおいて席を立つ。まあ間違いなくタバコを吸うために喫煙室に籠るのだろう。あと30分か。うーん、守川さんはさすがにそろそろ起こさないとまずいかも。

「守川さん守川さん、起きてください」
「うーん……」
「そんなあーよく寝たって表情しないでくださいよ。寝てるのがバレてないだけ奇跡なんですから」
「えっと、課題だっけ?」
「あと30分です」
「まあ、30分もあれば出来るんじゃない? ところで、前原君は?」
「前原さんは喫煙室です」
「なるほど」

 よし、と胸ポケットに入れたミンティアを取り出し、一粒噛み砕いて気合いを入れた守川さんといったら。そのシャーペンの動きは、ひょっとするとさっきまであれだけ書くことに悩んでいた前原さんより早くこの課題を仕上げてしまうのではないかと思う程の早さだ。

「すごっ」

 これにはさすがに俺も圧倒されてばかりじゃいられない。まだ全然書けてないんだ。少しでもこの怠惰な講義において、休憩時間を増やしたいから。

「こういうのはね、それっぽいことを適当に筋道立てて並べておけばいいんだよ」
「それがそう簡単に出来れば苦労しませんって」

 無言のままカリカリと書き進めていく課題。周りのみんなはもう出来上がりつつあるようで、楽しそうな話し声が響いている。いいなあ。

「おっ、守川起きてんじゃん」
「前原君、休憩は終わり?」
「こんなん全然書けねぇよ」
「ひょっとしたら昼休みにも食い込むんじゃない?」
「それ最悪じゃね!?」

 相変わらずさらさらと筆を進める守川さんに、苦戦しながらもやっと紙を埋めつつある俺。それに対して相変わらず筆が進まない前原さん。なんて言うか、こうまで得意苦手がはっきりと分かれてしまうのかと。

「それじゃあ生野君前原君、俺はもう出来たから、先に下行ってるね」
「ちぇー、何なんだよアイツ、化けモンかっつーの」
「あ、前原さん。俺も書けたんで先に下行ってます」
「この裏切り者!」

 そうこうしている間に会社には12時のチャイムが響く。前原さんはきっと昼休みの間もこの課題に苦労するのだろう。
 そしてやっぱり守川さんだ。講義中、そして課題に与えられた最初の30分間を睡眠に費やしてたのにあんなにもさっと仕上げられるとすべてが計算ずくだったのかとすら思える。ちょっとずるい。
 どうせ昼になったらみんな昼食後でさらに睡魔が襲うだろう。きっと守川さんも例に漏れず。守川さんがもし船を漕いでても、敢えて起こさないでいたらどうなるだろうか。

 ああ、眠かった。

 そういう意味を込めて、昼休み一発目の大あくびを。


end.


(11/01/09)
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