「はぁ!?」
「だーかーらー! チョコ作ったから食べてって言ってんの! だーいじょうぶ、お腹が痛くなっても死にはしないから!」

 手作りチョコの入ったタッパーを突きつけて辻さんが迫ってくる。だけど、素直にそのチョコに手を出さないのは、何か裏があるに違いないだろうという警戒心。
 タッパーの中のチョコはお世辞にもいい形ではなく、本人も「死にはしない」とは言っているけど逆に言えば腹痛を起こす可能性ぐらいはあるっていうことじゃないか。

「せっかくアタシがアンタなんかに恵んであげてるんだからさっさと食べなさいよ生野!」
「ああ、じゃあ…いただきます。って言うか春日さんにあげればいいんじゃないの? あの子チョコ好きなんだし」
「違うんだって、これ昨日作ってまずハルヒにあげたんだけど、ひどくお腹壊したとかってさ」

 それを食った後で言うか!? 思わず噴出してしまったじゃないか。って言うかもう被害報告が出てるんだからそれをさらに、しかも会社で広めることはないだろ! おい辻美佳子! 失敗作の処理班か俺らは!

「あー、生野汚い!」
「心なしか変な味がする気がするんだけど」
「失礼な、ちゃんと手順通りやったもん!」
「ウソだー! で、何でわざわざ手作り?」
「決まってんじゃん! 来るバレンタインデーに備えての練習! やっぱり、愛を込めるなら手作りでしょう!」

 なるほど、そういうことか。まあ、この場合「愛」と言うより「怨念」にも近いような気がするけど。
 喫煙ルームから戻ってきた前原さんも辻さんに捕まり、半ば強引に失敗作のチョコを口に捻じ込まれている。その表情には、苦い色。眉間に刻まれるのは課長もビックリの深いシワ。

「おい辻! こんな不味いモン食えっか!」
「えー!? 前原さんそんなおっきい声で言わんくてもいいやん!」

 辻さんに強引に失敗作を食べさせられた1年男子の視線が前原さんに集中した。その視線には「よく言った!」という意味を込めて。心では前原さんに賞賛の拍手を。

「つーかあと食ってないのは守川か、アイツにも食わせるべきだろそのチョコ爆弾」
「ダーメ! 守川さんには絶対こんなの食べさせられない! ハルヒみたいに体調崩したら大変だし」
「俺らはどうなってもいいっつーのか!」
「って言うか、アンタらが全員束になっても守川さんには敵わんから!」

 この言葉に前原さんは何を思ったのか辻さんからチョコらしき物の入ったタッパーを奪い取り、残りのチョコは一気に胃の中へ。その光景には俺らも辻さんも、ただただ呆然とするだけで。

「ちょっとー! 前原さん何すんのー!」
「これ以上犠牲者増やすワケにもいかんだろ。どーせ最終的に処理させられんだ、早いか遅いかだろ。な、生野」
「まあ、そうですけど。でも前原さん大丈夫ですかお腹」
「今んトコまだなんもねーな」
「それもですけど、チョコばっかり食べたら胸焼けしません?」
「あー? 大丈夫だろ」
「前原さんも生野も酷くない!?」
「おい辻」
「ナニ!!」
「守川を殺したくなきゃせめて食えるモン作って、今のチョコ食わした全員に認められてからにしとけよ」

 空っぽのタッパーで辻さんの頭を軽くコン、と叩きながら放った前原さんの言葉は、誰のためなのか。
 最初は酷い言われように立腹の様子だった辻さんも、ちょっとしおらしくなっている。いつもこうだったら平和なのにと思いつつも、ちょっとは傷付いたのかな、と申し訳なく思う。

「……前原さんのクセに!」
「いてっ! 何で俺が!」

 タッパーで殴られた頭をさすりながら、そういやバレンタインの季節かと思い出す。今も昔もそんなに縁のある物ではないけれど、それでも少しは期待してしまう。そして午前半休の守川さんのデスクには相変わらずチョコの箱が積まれている。

「アタシ頑張る! 前原さんには負けないんだから!」
「あ、辻さん」
「どしたん生野」
「守川さんいつも「生チョコ食べたい」って言ってるから、生チョコ作れば点数稼げるんじゃない?」
「って言うか、今回作ったの生チョコだったんだけど」
「「「「え!?」」」」
「てかみんな何だと思ってたのー!?」

 辻さんのチョコ作りはまだまだ前途多難だー。


end.


(10/03/26)
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