「えー!? 守川さん誕生日だったんですかー!?」

 今日も朝から彼女の叫び声が響く。耳をふさいでもビリビリと頭の中に残るその声に乗る衝撃と言ったら。

「改めておめでとうございますー、あー、でも知ってたらしっかりお祝い出来たのにー!」
「いや、その気持ちだけでありがたいよ」

 どうやら昨日は守川さんの誕生日だったらしく、それをどこからか知った辻さんが残念がっている。でも昨日は日曜日だ。仮に守川さんの誕生日を知ってたとしてもメールとかじゃないと祝えないだろうと思うんだけど。

「守川さん昨日はどう過ごしてたんですか? もしかして彼女とか……」
「いないいない。1日家にいたよ」
「それも寂しくないですか?」
「何で?」
「え、だって」
「誕生日だからって特に変わったことがあるわけじゃ――あ、そういやケーキ食べたな、チョコレートケーキ。ほら生野君、こないだ教えてくれた店の」
「あそこのですか。え、ひょっとして誕生日に一人で食べるために聞いたんですか?」
「そうだよ」

 こないだの残業中、守川さんにどこか美味しいケーキ屋を知らないかと聞かれて、ふと雑誌で見た会社近辺にあるらしいケーキ屋さんの情報を教えた。
 その店のページには、この時期限定の濃厚な生チョコのケーキが取り上げられていて、チョコレートが好きな守川さんにはピッタリだろうと思って。
 その店には俺も行ったことはないけど、雑誌の写真を見る限りそのケーキはとても美味しそうで、今度会社の帰りにでも寄ってみようかと思ったくらいだ。

「ちょっと生野、アンタ何守川さんに媚売って点数稼ぎしてんの!?」
「えー!? そんなんじゃないしーイタイイタイ! 髪毟るな!」
「もっと早く守川さんの誕生日を知ってればアタシをあ・げ・るなんてことも――」
「いや、遠慮しとくかな」

 守川さん、わかります。辻さんの発言に若干引いてますね? と言うか、そういう発言はぜひ昼のガールズトークとやらで女の子相手にしてくれと言いたい。
 でもそんなガールズトークの中で、女の子たちが同期内の男子でカッコイイとか可愛いって言うのは新谷さんとか森若とかだって聞くし、守川さんをカッコイイっていう辻さんは本当に少数派らしい(むしろ「守川さんはない」ってけちょんけちょんにされるとか)。

「ま、誕生日だからって特別なことがあるわけでもないし、大騒ぎするようなことじゃないよ。でも辻さん、ありがとう」
「はいっ!」

 守川さんからのお礼の言葉に満足したのかようやく辻さんが俺の席からどいてくれて、落ち着いてマシンを起動することが出来る。でも、守川さんが誕生日だったという事実は俺もさっき知って、改めてお祝いの気持ちを言葉に乗せる。

「まあ、彼女でもいればもう少し何か違ったかなとは思うけどね」
「でも守川さん優しいですし、いい旦那さんにはなりそうですよねー」
「どうかな。出来るだけ努力はするつもりでいるけどね」

 娘が出来たらその結婚相手に「お前に娘はやらん」って言ってみたいよね、などと守川さんの将来の夢は膨らむばかりだ。それを聞いていると、守川さんは確かに息子より娘の方が可愛がりそうだ。
 そんなことを言いながら守川さんは常備しているチョコレートの箱を開け、またひとつ口に放り込む。今日のチョコはまた見たことがないものだ。そう言えば、最近よくCMでやってる気がする。

「うん、まあまあかな」
「それで守川さん、そのケーキはどうでした?」
「普通においしかったよ。ちょっとラム酒の風味があったかな、ただ甘ったるいだけじゃなくて上品な感じ。また食べたいね」
「ああ〜、高級志向なんですかね〜」
「でも、まさにどストライクだったよ。まさか近場にこんな店があるとはって感じかな。生野君、情報提供に感謝します」
「いいえ」
「そのお礼と言ってはなんだけど、おひとつどうぞ」
「ありがとうございます」

 守川さんからもらったチョコをさっそく食べれば、甘い口どけ。冬季限定っぽい感じだ。箱には生チョコを使いましたと書かれている。あのケーキも生チョコだったし、守川さんってひょっとして生チョコ好きなのかな。
 蓋を閉めたチョコの箱は、放射熱の影響が受けなさそうな引き出しの中へ。解けたチョコが再び固まって風味が落ちるのは最悪だと普段から言っているだけあって、その辺には強いこだわりがあるらしい。

「さ、今日も仕事だ」
「そうですねー」

 確かにこうして働いていると、誕生日を迎えたって何も変わらないような気さえする。それに、本人に聞かないと誕生日なんてなかなか知れるものでもないから、ヘタしたら何もないまま終わってしまうかもしれない。
 俺は誕生日をまだまだ祝ってもらいたい年頃だから、その時期になったら大袈裟にならない程度にみんなに告知してみようと思う。それでおめでとうの一言でももらえれば万々歳だ。

「守川さん、来年は彼女とお祝い出来るといいですね」
「生野君」
「はい?」
「それ、地味にキツいよ」


end.


(10/03/26)
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