うちの会社では、毎週月曜日と木曜日の勤務時間後に掃除がある。小さい会社だから業者に清掃を頼むようなこともしていないし、何から何まで自分たちでの掃除だ。もちろん、トイレ掃除も。
 そして、この掃除の時間に時々やってくる魔のイベント。うちの会社ならではのイベントと言っても過言ではないかもしれない。そろそろあれの時期かと今年入社の面々は冷や冷やしていた。

「1年生のみんなー、外に出てくれるかなー?」

 笑顔でやってきたのは総務課の課長代理。掃除の時間にこの人が現れると、大体やることは決まっている。やはり来たか。嫌な予感ほど的中率が高いんだ(何故かうちの会社では期ごとで社員を呼ぶときに学年で呼ぶ。だから入社1年目の俺たちは1年生だ)。

「うわー、来たー。守川さんどうしますー?」
「いや、行かなきゃダメでしょ」

 呼ばれた1年生たちは渋々外に出る。その手に持たれているのは鎌と軍手、そしてゴミ袋。

「それじゃあここからここまで、草むしりよろしくね!」

 課長代理が示した範囲は、会社の前にある花壇3箇所。花壇とは名ばかりで花はなく、垣根と草が占拠している状態だ。花壇の横幅は1つにつき約10メートル、かけること3箇所。結構重労働だ。
 うちの会社は小さいだけじゃなくて、本当に田んぼのど真ん中にある田舎の会社だ。ちなみにうちはIT企業なんだけど、IT企業と聞いてイメージする都会の雑踏の中で――というのとは対極にある。
 会社の四方はとにかく緑色だ。こないだなんか、会社の裏にある田んぼで握り拳ほどある蛙が蛇に飲まれていた。そんな光景が日常の中に溶け込んでいる。

「うわー…例によって生えてますねー」
「そうだね。夏に放置しちゃった所為かもね」
「守川さん軍手要りますー?」
「あ、いいよ。どうせ終わったらどこもかしこも泥だらけになるし、変わんないよ」

 花壇の縁に足をかけ、片っ端から引っこ抜く草たち。振り落とす土が靴にかかって大変なことになる。と言うか、スーツ姿で十何人も一気に草むしりをしている光景はおかしいでしょう。
 奥の方では女の子たちが井戸端会議をしている声が聞こえるし、真ん中の花壇では草を投げ合ってじゃれ合う男子の姿。こっちは、みんな無言でひたすら草をむしっていて、何だか怖い。

「あ、生野君。結構みんな草溜まってきたみたいだから、回収に行かない?」
「そうですねー」

 地域指定のゴミ袋にどんどんと押し込まれていく草たち。この草たちにも命があるんだと思ったらちょっと申し訳ないけど、会社の景観のためには君たちに犠牲になってもらうしかない。どこかでまた生きてくれー

「辻さん、草ある?」
「あっ、守川さんありがとうございます! この草を前原さんの髪だと思ってむしったんで、もう花壇つるっつるです!」
「何だと辻! もう1回言ってみろ!」
「え、前原さんがつるっつる?」
「ふっざけんな!」
「あ、えーと…前原君も草、入れる?」
「おー、守川サンキュ! ったくよー、コイツ何とかしてくれよォー」

 守川さんに(事務的にとは言え)話しかけられて辻さんはご機嫌だし、自分の髪を草に例えられた前原さんはいつも通り辻さんにご立腹の様子。何とかしろと言われて少し考え込んだ守川さんは、少し間を置いて一言。

「えーと…辻さん」
「はいっ!」
「毟るっていう字は「少」ないに「毛」って書く残酷な字だから、使うときは気をつけた方がいいよ」
「「へぇー」」
「テメー守川! 余計な知識をコイツに植え付けんな!」
「前原さんは髪を植え付けて欲しいでしょー?」

 そして辻さんはまた前原さんを頭ネタでイジっている。守川さんはそれを見て笑っているんだから、実は確信犯かもしれないと思うとちょっと怖い。うん、守川さんは敵に回さないようにしよう。
 同じようにみんなが毟った草を回収していくと、いつの間にかもう袋はいっぱいで、これ以上草が入らないほどになっていた。花壇だけじゃなくて会社の駐車場や裏の方まで毟れるだけ毟ると、ゴミ袋2枚分になる。

「いやーみんなお疲れ様! ありがとう! あ、生野君守川君。この草、ゴミ置き場に出しといてくれるかな?」

 最後の最後に面倒な仕事を押し付けてくれた課長代理は、また笑顔で建物の中に戻っていく。毟った草がぱんぱんに詰まったゴミ袋は、ゴミ置き場へ。ただ、デスクワークばかりで硬かった体もこの肉体労働で少しだけ軽くなる。

「あー、今からまた仕事ですよー」
「俺もだよ。あ、生野君顔」
「顔ですか?」
「ここ、泥がついてる」
「ありがとうございます」

 言われたところをこすると、確かに泥がついているような手触り。だけど、そんな俺を見て守川さんは笑ってる。

「何がおかしいんですかー!?」
「いや、土が伸びて線になっちゃったから。顔、洗った方がいいよ。あと、メガネもね」
「メガネもですかー?」

 土で汚れたスーツを軽く払って、会社の中へ。顔や手を洗って再び自分の席に着くと、窓からはどこまでも続く田んぼが見える。
 多分、こんなイベントは本当にうちの会社ならではだと思う。掃除の時間にあの課長代理が来たら草むしりの予感だ。ただ、本当にたまになら悪くないかもしれないと思えてしまうあたり、本当に体を動かしていないのだと思う。
 これから寒くなって、草むしりの頻度は落ちてくるだろうから出来るだけ自分でも運動しないと、とは思ってみたんだけど。

「あ、生野」
「はい?」
「これ、仕様変更になったから、明日までに」
「……はい」

 なかなか思うようにはいかなさそうです。


end.


(10/03/26)
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