俺と守川さんが育てている観葉植物は、ここに来た当初よりもかなり大きくなったように思う。先輩にも大きくなったねと言われ、課長もよく枯れないなと感心している。
 この葉っぱに、心の中でジョニーという名前をつけた(守川さんに言ったら絶対却下されるだろうから言えないでいる)。最近では、出社して席についたらすぐジョニーの水加減を見るのが日課だ。

「うーん、そろそろ水やらないといけないかなー」
「生野君、おはよう」
「あ、守川さんおはようございます」
「そろそろ水やり?」
「そうですね。今日は水と肥料、両方あげる日ですね」

 せっかく着いた席から立ち上がるのも面倒だったから、さっき買ったペットボトルの水をそのままジョニーにやる。そして、規定量の肥料もやらないといけない。

「あーれっ、大分大きくなったんじゃんそれ」
「前原さん。おはようございます」
「あ、前原君おはよう」

 観葉植物のジョニーに癒されている俺と守川さんに声をかけてきたのは、またまた同期の前原さんだ。うっすらとタバコの臭いがするから、朝の一服の後だろう。
 前原さんは、こんなの育てるなんて俺には絶対無理だわと言いながらガラスの鉢を持ち上げ、底からまじまじと根っこを眺めている。どうやらジョニーに興味津々のようだ。

「守川さんおはようございますっ!」
「おはよう」
「おっ、辻じゃん」
「えー、前原さんじゃん。ちょっとそこ邪魔なんですけどー」
「はぁ!? お前後から来といてそりゃねーだろ」
「ついでに生野も邪魔かなー?」
「は? ここ俺の席だし」
「守川さんの隣はアタシの席だし!」

 気付けば辻さんもやってきていて、イスを奪われた。いつもは割と静かな俺の席周辺も賑やかだ。先輩たちも、今年の新人は仲がいいなと微笑ましいような目でも呆れるような目でも見ている。

「って言うか最近前原さん髪切ったよね?」
「お、気付いた? 最近っつーか結構前なんだけど」
「女子の間で前原さん髪薄いのに切った!?って持ち切りで、悪いことは言わないからもうちょっとこう、生え際カバー出来るような髪型にした方がいいよ」
「うっせ! 薄いだのハゲだの言うな!」
「だって前の方からきてるじゃん」
「うっせ、うっせ!」

 確かにそう言われれば前原さんの髪の前の方がちょっと危ないような気がしないでもない。今は前原さんの話題だから他人事のように見ていられるけど、明日は我が身だ。男として、その辺はちょっと、ね。
 それにしても辻さんはどうしてそういうことをこうもストレートに言ってしまうのだろうか。それでなくても前原さんはちょっと髪のこと気にしてるのに。この様子には守川さんも引いてしまっている。

「あっ! てか前原さんこの肥料育毛剤にしたらどう?」
「ああ〜、それもいいかもしれないなー…ってアホか! そんなワケあるか!」
「だって前原さん絶対ヤバいって! 23でそれはキツいでしょう」
「おい生野! コイツに何とか言ってやれ!」
「えー? 前原さんが自分で何とかしてくださいよ〜」
「てか生野は髪さらさらだし、ハゲそうにないよね」
「シャンプーいいの使ってるから。美容院とかじゃないと売ってないヤツ」
「へぇ〜、生野のクセに〜?」

 辻さんは相変わらず前原さんの頭にジョニーの肥料を育毛剤代わりに撒こうとしているし、前原さんは前原さんでちょっとムキになりすぎだと思う。その醜い争いに巻き込まれたくないのか、守川さんは早々に朝のニュースをチェックしようとパソコンと向き合っているし。正直俺も巻き込まれたくないって言うか、早く肥料を返して欲しい。

「うん、やっぱり前原さん生え際がだんだん後退してる気がする! やっぱりこれを育毛剤にしなきゃダメだって! せっかくそこそこカッコイイ顔してるのに、ハゲたら絶対結婚出来ないよ! タダでさえタバコ吸ってギャンブルやるってだけで減点なのに」
「うっせ! 大きなお世話だ!」
「ねえ守川さん、前原さんの頭にこれをやるべきですよね!?」
「えっ!?」

 急に話を振られた守川さんはまさか自分に話が振られるとは思っていなかったらしく、動揺してどもってしまっている。まあ、前原さんが睨みを効かせているっていうのも一因。
 ただ、こういったデリケートな問題をここまで大きな声で言ってしまう辻さんはデリカシーに欠けていると思うけど、それも口には出せない。

「さすがに植物の肥料を人体に塗布するのはあまり良くないと思うけど」
「えー、そうですかー?」
「だよな! さすが守川! わかってる!」
「でも案外面白いかもしれないし、前原君で試してみる価値はあるんじゃないかな。実に興味深いよ」
「やったー! 見たか前原! 守川さんはアタシの味方なんだから!」
「いや、別に辻さんの味方とかそういうんじゃないけど」
「テメー守川ちきしょっ! 覚えてやがれっ!」

 肥料を頭に撒かれてはたまらんと、前原さんは自分の席に戻っていく。それを見た辻さんも前原さんをさらに追い詰めるためだろうか、彼を追うように立ち上がる。あ、肥料は置いて行ってくれー

「やっと静かになったね」
「そうですね。あ、ジョニーに肥料やらないと」
「ジョニー?」
「あ」

 ついうっかり、心の中に留めておくはずの名前を口に出してしまった。彼女の前で浮気相手の名前を呼んでしまったときの心境はこんな感じなのかもしれない。いや、もちろんそんな経験はない。
 だけど次の瞬間、守川さんは「その名前、生野君らしくて結構いいんじゃない?」と笑ったのだから、救われたような気持ちになった。これからは堂々とジョニーと呼ぼう。

「守川さん、俺もちょっと心配になってきました」
「髪が?」
「だって、ハゲたら結婚出来ないってさっき辻さん言ってたじゃないですかー」
「大丈夫」
「えっ?」
「そうなったらダメもとで、コイツを頭に振りかけてみればいい」

 ジョニーの肥料をかざして不敵に笑う守川さんは、俺の頭で実験をしたがっているようにも見える。そうやって面白がるなら俺じゃなくて前原さんで実験すればいいんだ。将来の髪のことは心配だけど、日々大きくなるジョニーは、羨ましくなるほどにすくすくと緑を濃くしていた。


end.


(10/03/26)
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