「守川さんおはようございます」
「おはよう」
「あれ、守川さんどうしたんですかその葉っぱ」
「ああ、これ? 植物があった方が癒されるかと思って」

 出社すると、俺と守川さんの席の間に小さな観葉植物が置かれていた。造花のような作り物でもなく、本物の草だ。空気の循環も悪く人口密度の高いオフィスでは、こんなに小さな緑でも癒される気がする。

「この、脇の緑のボトルは何なんですか?」
「これは肥料だよ」
「へぇ〜、観葉植物も水だけじゃダメなんですね〜」

 オフィスにもたらされた小さな癒しに感動していると、後ろからはきゃいきゃいと響く声。この声の元は、振り向かなくてもわかる。むしろ、巻き込まれるといろいろと面倒だ。
 ただ、反応しなかったらしないでそれはまた面倒なことになるのが目に見えているから、とりあえず振り向いてその声の主に挨拶をする。

「辻さんおはよー」
「守川さんおはようございますっ!」
「あ、おはよう」
「ちょっと生野、アタシに挨拶はないワケ?」
「え、今挨拶したじゃん!」
「聞こえない。もう1回」
「えー!?」

 辻美佳子。俺と守川さんと同じ同期入社の女子だ。
 彼女は短大卒で、年齢も同い年ということもあり割と気兼ねなく話せる同僚の1人だったりするんだけど、性格と言動が活発過ぎてついていくのが大変と言うか。今時のフツーの女の子なんだと思う。仕事も出来るし、悪い子ではないんだけど。

「って言うかむしろ俺の挨拶を辻さんが無視したんじゃん」
「ウソだ〜、聞こえなかった!」
「ホントだって! ねえ守川さん」
「あ、うん。生野君はちゃんと挨拶してたよ」
「守川さんがそう言うなら信じます。でも、アタシ今守川さんしか目に入ってなかったかなー」
「え、そんな。ひどい!」

 普段の言動を見る限り、辻さんは守川さんが大好きだ。それは本気で恋愛対象として好きなのかミーハーとして好きなのかはわからないけど、おそらく後者だと思う。
 ただ、肝心の守川さんは辻さんの好意に気付いていないのかわからないけど、どこか一線引いて付き合っているようにも見えるし、今だって辻さんが何か言う度に苦笑いだ。

「あー、守川さん観葉植物置いてるんですかー!?」
「うん、ついさっきね」

 パソコン脇の小さな癒しを指でつんつんと触りながら、辻さんは守川さんに潤んだ瞳で何かを訴えているようにも見える。ああ、ラブコメならどっか他所でやってくれー

「えー、守川さんが葉っぱ育てるならアタシも育ててみようかなー、何かおすすめの植物ってありますー?」
「どうだろう。俺そんなに植物に詳しいワケじゃないから」
「てか辻さん途中で飽きそうだし、無理じゃね?」
「は? 生野ちょっと黙って」

 ダメだこの人、完全に自分と守川さんだけの世界に入り込んでる。何とか会話を成立させようにも、邪魔と言い放たれておしまい。俺は用無しってか。ラ・フランスかちきしょう。

「辻、ちょっと」
「はーい、今行きまーす。それじゃあ守川さん、また」

 前原さんに呼ばれて辻さんが自分の席に戻ったところで、ようやくいつも通りの静かな席。佇む緑も自然に溶け込んで。

「でもこれ、確かに管理が大変そうですよね」
「そうだね。俺もそんなにマメな方ではないからさ、水やりや肥料を忘れそうで怖いけどね」
「え、守川さんマメそうですよ」
「ううん、実際は違うよ。だからもし俺が水やりを忘れてたらさ、生野君が代わりにやっといてくれたら嬉しいなー、なーんて」

 埃がかぶらないようにしないといけないし、カビも生えないようにしないといけないし、虫だって発生するかもしれないからその辺ちゃんとしないといけないんだよねと笑いながら、守川さんはさっそくこの葉っぱに肥料をやる。コイツが空気をきれいにしてくれれば儲け物だよ、と付け加えて。

「ほら、生野君もコイツの恩恵を受けられるでしょ?」
「まあ、それはそうですけど」

 気付けば、それから3週間後にはすっかりこの植物の水やりが俺の担当になってしまっていたのだから、守川さんには「してやられた」という感じだ。
 ただ、日々少しずつ成長している植物に癒されているのも確かで。残業のときなんかにこの緑を目に入れると、ほっとするのは何故だろう。

「守川さーん」
「んー、どうしたー?」
「俺も個別に観葉植物買おうかと思うんですよ、何かオススメの植物ありませんか?」
「え、1個で十分じゃない? あんまり増えると邪魔じゃん」
「ですよねー」

 ふたりで一鉢の観葉植物を育てる日々。これも悪くないとは思うけど、それでもやっぱり守川さんにも水と肥料やりをやってほしいと言うか。いっそ、当番制にしてしまおうかな。


end.


(10/03/26)
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