なでなで
楽しませる為に少しだけ寄り道をして。
窓の外にある様々な景色を観光気分で見させてやれば、ちびっ子たちはたちまちこの世界に圧倒されていった。
「アスファルトから木が生えてる…」
『この世界じゃあ常識だ』
窓に額を張り付け、きらきらと好奇心に輝く瞳を硝子に映しながら呆然として呟くラグナに笑い、ハンドルを切る。
意外にもスコールも同じくべったりとガラスにくっついている様子が何とも可愛らしい。
バックミラー越しの二人の姿にくすくすと笑みをこぼせば、二人は照れたように眉を潜めて、だけどまた外の景色に目を奪われた。
うんうん。二人は目を離しても大丈夫そうだなぁ。
あー…問題は……………
「……………、…」
―この子だな。
『ウォーリア、大丈夫か?』
さてと、と視線だけを寄越せば、案の定、隣でがっちがちに固まり、見るからに緊張と恐怖の狭間で揺られているウォーリア。
あまりにも青ざめた表情で前を見ているので、心配になって出来るだけ優しい声で話しかけてみた。
すると、ぎぎぎ、と油が差されていない絡繰りのように俺へと視線を向けた彼は、これまた妙に切れの悪い動きで頷いて。
「……、………、……」
大丈夫だ、とでも言っているのだろうか。
軋みながら何度も頷いて見せたウォーリアに、俺は乾いた笑い声をこぼして口元を引き攣らせる。
口をぱくぱくさせて、だ、い、じ、ょ、う、ぶ、だ……って声が出てないぞウォーリア。
……………大丈夫かオイ。
車酔いとか心配だから、少しだけでも気分が心地よくなるように、ウォーリアの方の窓だけを透かすことにした。
『窓開けるぞ。風があたって気持ちいいと思うから』
ぽちっとスイッチを押すと微かな音を立てて風や街の喧騒を運びながら窓が開いていく。
すると先ほどまで半開きだったウォーリアの目がカッ!と見開かれ、あまりの刮目さに俺もぎょっと目を丸くする。
わなわなと震える彼の唇に、そして力を込めるように作られた小さな拳に、嫌な予感しかしないんだが。
「―ッッが、硝子が勝手に…!!てっこ『はいストーップ!』」
嫌な予感的中だな!!
ばばっと身構えて何かとんでもなく恐ろしい技名を叫ぼうとしたウォーリアに焦った俺は、すぐさま制止の手を伸ばして彼の拳を握りしめる。
「ぅっ、す、すまない…!」
うん謝るのは良いが剣をしまおうか。
期待通り…いや、予想通りと言えばいいのか、ウォーリアは何処からともなく鋭く光る剣を取りだしてきた。
しかも、アレ?俺の目がおかしいのか?
一瞬ウォーリアが光ったような。
『武器とか持ってきてなかったよな…?』
引き攣り笑いを携えて必死に止めに入った俺を見て、流石に悪かったと思ったのか気まずそうに下唇を軽く噛んで俯くウォーリア。
そのしょんぼりとした姿を横目に記憶を探り出すが、俺が抱っこしてやったときこの片腕には彼一人分の重みしかなかった。
何一つとして持ってきてはいなかったわけだが、はて。…しかも視線を戻すと剣は跡形もなく消えているしな。いったいいつ間に…。
「◎、その…HP攻撃をしそうになって、つい………」
もごもごと口ごもって俺の顔色を伺う青い瞳に、ひくりと喉が引き攣るのが分かった。
え、あれが例のHP攻撃?
何もないところから剣とか出せるの?
凄いな…一歩間違えれば死人が出るぞ。
………そういえば家を出る前もHP攻撃がどうたらこうたら言っていたな。カインも心配だが家も心配だ。
目映く光って剣を垣間見せたウォーリアの姿を思い浮かべた俺は、あんなものを家の中で連発されたら、と考えると胃が痛くなってきた。
「………すまない、」
しかし、眉尻を下げて申し訳なさげに俺に謝って、しゅんと落ち込むウォーリアの姿を見ていると怒るに怒れない。忍びないな。
こんなちっちゃいんだ。
一度や二度の失敗ぐらい寛大に許せる懐がなくてどうする。
まぁ、元は大人だったらしいが…細かいことはいいんだよ。気にしない気にしない。
『…わかったらいいんだよ。次からはしなきゃ良いんだから。な?』
信号待ちの合間にぽんぽんと頭を撫で、にっと口端を上げた俺はウォーリアの顔を覗き込む。
ぱっと上げられた表情を確認し、柔らかな銀髪をそのままよしよしと撫で続ければ、ふっと緩められたウォーリアの口元。
「ありがとう。…以降はちゃんと気をつけよう、」
大人っぽいその微笑みに驚いていると、信号が青に変わったのでハンドル操作片手にそのまま撫でることにした。
子どもらしくはないが綺麗に笑うなぁ。
…そういえば、後ろの二人もたまに子供らしくなかったな。いや元は大人だから当たり前か。
思考につられるようにふとバックミラーに視線を向け、二人の様子を伺い見る。
と、何故かばっちりと音が聞こえそうな程の勢いで、外の景色を見ていたはずのその二人と目が合った。
『…………』
思わずウォーリアを撫でていた手が止まりかける。
二人は窓から身体を離して後部座席から身を乗り出すと、碧と翠の宝石のようなまん丸い瞳で、じっと此方を見つめていた。
「っ、◎―…」
「ずるいずるいー!おりゃっ」
「っ?!」
暫く見つめ合っていると、ウォーリアが俺の名前を呼んで何か言おうとした瞬間、タイミング悪く上げられたラグナの声に言葉の続きはかき消される。
突然の大声にウォーリアは身体を大きく跳ねさせると、運転席と助手席の間からばっと突き出てきたラグナの頭によりいっそう驚き目を瞬かせた。
びくりと震える様が撫でていた手から感じ取れて、俺はついつい笑ってしまいそうだ。
「このオレも撫でなさーいっ」
吹き出しちゃ駄目だと何とか笑みを堪えていると、俺を見上げてへへへっと悪戯っぽく笑うラグナにくいっと袖を引かれる。
ぱたぱたと足を振りながら強請ってくるその姿は、やんちゃで可愛らしい。
自然と俺の手はウォーリアから離れ、誘われるようにラグナの頭へ伸びていく。
『はいはい。まったく…シートベルトが伸びきってるぞ』
無理矢理引っ張られたらしいシートベルトを指摘しながらもお望み通りにうりうりと頭を撫でてやると、きゃーっと嬉しそうにはしゃぐもんだから更にわっしわっしとしてやった。
ついでに、羨ましいのかふてくされた表情でラグナとウォーリアを睨んでいたスコールも思いっきり撫でまくる。
あ。嬉しそう。ちょっとだけ笑った。
ウォーリアは何度か目をぱちぱちした後、撫でる手を奪われたのが嫌だったのか次第に眉を顰めていったけど。
なでなで
まぁ後でたっぷり撫でてあげますか。
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