初めての体験
出て行く際に気付いたけど、皆の靴がない。
靴も買わないとなぁ……
仕方ないから両手にスコールとウォーリアを抱え、ラグナは肩車をして玄関から出た。
ぶかぶかの服を無理矢理着ている為か、若干持つのに苦戦した三人。
しかし当の本人たちは俺が格闘しているのも気にせず、高くなる視界に顔を綻ばせている。
「ひゅ〜高いねぇ!」
一番楽しんでいるラグナが、耳元で大きな声を出してはしゃぐ。
鼓膜が痛い、とまではいかないが五月蠅くて顔をしかめると、それに気付いたスコールが代わりに注意をしてくれた。
言葉ではなくドギツい視線を注ぐスコールは、青い瞳に殺気を滲ませる。
ビクリと肩を跳ねさせ一瞬にして縮こまった気配を感じて、小さな足を支えていた手でぽんぽんと宥めてやった。
「あんた、ラグナに甘すぎるぞ」
『…う〜ん、そうか?』
びくびくしながらも俺の頭に腕を乗せ甘えてくるラグナに対し、スコールが威嚇をしたあと俺に文句を言う。
頬をぺちりと触られ視線を横にずらせば不満に歪められた顔が見えて、深く刻まれた眉間の皺に苦笑をこぼす。
肩をすかして聞き返せば、そうだ、と何度も頷かれた。
『まぁ…、気にするな』
「…………………………」
軽くあしらうような口調が出てしまい、傷のある眉間に皺が寄るのを確認する。
個人的には甘やかしているつもりはなかったから、スコールがどれだけ納得がいかない表情をしてもそれしか言えなかった。
むすっとする彼から逃げるように視線を外し、ははは、と知らんぷりして予め手に持っていた車の鍵を使う。
滑らかなフォルムの黒で統一された車へと向けてピッと押せば、ドアが勝手に開いてくれる。
目の前についた瞬間、無人なのにも関わらず音を立てて開いたドアに、ウォーリアがびくっと反応した。
「……開いた…?」
呆然とした様子で警戒の色を含んだ眼差しを向ける横顔は、まるで車なんて見たことがないような…………
ん?そういえば、皆は別々の世界から来たんだよな…
そう考えると知らないのは当たり前か。
『車、って言ってな?これは俺の世界の移動手段なんだ』
「そ、そうか………魔列車のようなものか…」
魔列車??あ、列車はあるんだな。
ふ〜ん…、ウォーリアたちの世界事情把握、と。
頭の中でメモを取りつつ、残りはどうなんだろうかとスコールたちの方へ向く。
しかしスコールに聞く前に、身体を屈めて頭越しにひょいっと顔を覗かせたラグナが得意げに答えた。
「は〜い!オレは知ってるぜ」
「………………」
どうやら二人は知っているらしい。
ラグナの後ろで肯定して頷いたスコールは、どうでも良いから早く乗ろうと言いたげだ。
襟足をさわさわと触って、視線で車をさしてくる。
じーっと見てくる青い目にはいはいと頷いて、俺はラグナとスコールを後部座席に降ろした。
「ウォーリアは?」
『前。俺の隣に乗せる』
特別な。
にやりと笑んでそう付け足せば、見開かれた硝子のように綺麗な瞳。
そして即座に上がった二人のブーイングと狡いという声は、とても不満そうだった。
『乗ったことないんだから、良いだろ?楽しませてやりな』
それ以上は聞かないとドアをバタン!と閉め、俺はきらきらとした瞳を向けてくるウォーリアと一緒に運転席に乗る。
助手席に降ろしてシートベルトの説明をしながら、かちゃりと肩から斜めにそれを着けた。
『後ろの二人もちゃんと着けろよ』
後ろに手を回しシートベルトを引っ張りつつスコールとラグナに振り向くと、二人はこくりと頷いてきちんと着用する。
「はいよー」
「俺たちは気にせず、あんたは運転に集中しろ」
どうやら言わなくても大丈夫だったらしい。
年齢がわからないからあれだが、おそらく車を運転、または乗ったことがあるだろう二人は指導するまでもなかった。
『ウォーリア、違和感あるだろうけど我慢しててくれ』
二人に笑いかけたあと前へと身体を戻せば、助手席で大人しく座ったウォーリアが何やらもぞもぞとしているのが目に入る。
申し訳なく思いながらもシートベルトをしないともしもの時に、何かあってからでは遅いから念には念を入れて諭しておく。
眉を下げて少し声のトーンを落とした俺に、硝子のような瞳が向けられる。
もぞもぞするのを止めたウォーリアは、こくりと首を上下させ力強く返事を返した。
「わかった。きちんと着けておく」
『よし、良い子だ』
真っ直ぐに俺を映す瞳に安心する。
ぽん、と頭を撫でて誉めてやったら、ウォーリアの頬が微かに赤く染まった。
はは、照れてるのか。
可愛いなぁ、なんて思いながら、ちゃりちゃりと鳴る鍵をハンドルの直ぐ脇にある穴に刺し、一番最後まで回す。
そうすると、車内全体を揺らす微かな振動の後に聞こえるエンジン音。
唸りふかされたその音を合図に握ったハンドルを動かし、俺はアクセルを踏んだ。
『じゃあ行きますよーっと』
まずは観光がてらにゆっくりと運転するか。
初めての体験
隣にいるウォーリアが若干緊張の面もちで俺を見上げた。
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