私のお気に入り、メフィストピンクに彩られた部屋に残るのは駄菓子の残骸、残骸、残骸…そして食べかけ。
未開封もあれば粕だけが残っているそれは色鮮やかで、いっそ清々しいほどまでに散らかされたゲーム専用の自室を死んだ魚の目で見渡しながら、私は一人、机に肘をついて座っていた。



面倒なことに、なりましたね……。



「兄上、兄上、◎兄上が帰ってきません」


◎兄上が出て行った窓から身を乗り出し、かれこれ半日ほど外を見ているアマイモンの今日何百回目かわからない言葉に唸る。


買い与えたお菓子類は全て奴の腹の中。

今は◎兄上が私の―ここ重要ですよ?―私のポケットマネ―で購入した全額240万円越えの駄菓子を食べて気を紛らわしているアマイモン。

ぼりぼりがさがさがりがりという雑音のエンドレスに、私は頭が痛くなった。


いや、別に金額などはどうでもいいのですよ。
私はセレブリティ〜☆な紳士ですからね、別に240万ぐらい◎兄上が使っても痛くもかゆくもありません。


ええ、ええ、全く持って、かまわないのですが。
かまわないのですが、ね……。



……………いったいどれほどの量を買えばそんな金額になるというのだ◎兄上!!?



ひくひくと表情を引き攣らせながら、目の前の駄菓子の海を睨みつける。

ぴくりとも反応せず窓辺でだらけているアマイモンを横目に、私は頭を抱えて痛む頭に喘いだ。



私の寝室、理事長室、そしてこのゲーム専用自室…それ以外にも沢山の部屋が駄菓子だらけのこの状況。


いったいどう責任を取ってくださるのでしょうかねえ、あの困ったさん☆な兄上は……!


きっとまだまだ◎兄上は駄菓子を持っているだろう。
残りのおびただしい量の駄菓子が未だにあの兄の手にあるかと思うと…あああ、何故だか眩暈がする。



思わずぞっとした。

今頃あの兄は、手持ち無沙汰な駄菓子を盛大にばら撒いているのではないだろうか。
おそらく我らが末弟に会いに行っているはずの◎兄上…………奥村兄弟……ああ、あまり考えたくないですね。


無意識のうちに私の口から吐き出された溜息は、とてつもなく重い。



…………今回の◎の行動は、私にとって予想だにしなかった。
いや、起こりうる可能性は十分にあったのだが、まさかこのようなことになるとは……とんだアクシデントに見舞われてしまったものだ。

もはやバグに近いと言っても過言ではない。


せっかく楽しくなったところでのこのアクシデントは、辛いものだな…。


……◎兄上は、私のゲームを手伝う気もなければ、もちろん、手駒になるわけもないだろう。

私自身、あの兄を手中に収め操る自信も力量もないため、◎兄上がどう動くのかを考えて慎重に駒を進めなければならない。



「むう…まずいな……いやしかし、ここで私が下手を打てば面倒なことになる」


非常に難しい展開だ。
未だかつて無いほどの無理ゲーっぷりに、私は己の口元に指を添えて悩んだ。


だが……………面白い。


思わずにやりとほくそ笑み、私は◎兄上のことを考えた。


ああ、悲しき悪魔の性かな、窮地ともいえるこの状況に陥ってもなお、……胸を躍らせる自分がいる。

少し、ぞくぞくしているのも確か。

◎兄上の行動が、私のゲームにどう影響するのか……これからの展開を考えると、私は楽しみでならなかった。




どうすればいいのか、どうしてしまおうか。


障害があるほど燃え上がる。
困難であればあるほど俄然やる気が出る。
やりがいのあるこのゲームに、私はにやりと唇を歪めた。


おっと失礼☆紳士らしからぬ笑みを浮かべてしまいました。



「さて、◎兄上はどうするのでしょうかね」


誰よりも悪魔らしいあのお方が、私の計画に気づいていないわけがない。

しかし…私が◎兄上に対して向けるものについては別だ。
気づいているのか、気づいていないのか、どうなのだろうか。



一つ言えることは、それがどれだけ苦々しい感情を私に与えているのか、貴方は一生気づくことは無いのでしょうね。



心の中で、自分らしくなく。
脳裏に浮かんだ黒い背中にそっと話しかけて、私は瞼を閉じる。



「アマイモン」


そして、相変らず窓でぶつぶつと何かを呟いている愚弟の名を呼んだ。
今一度開けた視界に映る、緑色。
私と同じように、死んだ魚のようなその目は、今にも地震を起こしそうなほど苛立っているのがよくわかる。


思わず仕方の無い愚弟だと嘲笑する私にかまわず、◎兄上と呟くアマイモン…駄目だこいつ。重症だ。


辺りに充満する駄菓子の匂いに胸焼けを起こしながら、私はこの愚かなほど真っ直ぐなアマイモンにあきれ果てながらも………微かな憐憫の情を抱いた。



アマイモンの頭の大半は、◎兄上で埋め尽くされている。

それは普段の◎兄上にべったりな姿から容易に想像できるし、こいつが好んで食べるお菓子が全て◎兄上から与えられたものばかりであることからもわかる。


こいつはブラコンなんてものではない。
ヤンデレな弟に愛されて寝れない◎兄上。
そんなくだらないタイトルが頭の中で浮かんでは消えていくのを感じながら、私はアマイモンの異常なまでの執着心について思案する。


兄弟愛のそれを超えているほどのそれ。

◎兄上を見つめるこいつは、良くも悪くも……………………。




そこまで考えて、ハッとする。
急速に夢から覚めたような、そんな感覚に包まれながら、私は自嘲をこぼした。


まあ、そんなことはどうでもいいか。
とにかく忠告しておかなければ。

私は先ほどの馬鹿馬鹿しい考えを忘れてしまおうと軽く頭を振り、いい加減地震を起こしてしまいそうなアマイモンに向かって静かに告げる。



「◎兄上だけはやめておけ」


先ほどまで焦点の合っていなかった瞳が、◎兄上の名を聞いたとたんにピッタリと合わさる。

睨みつけるように目を細めて私を見つめたアマイモンは、抑揚の無い声で問い返してきた。



「……どういう意味ですか?」


思っていた通りの反応だ。
窓から離れ、すぐさま私の元に歩いてくるアマイモンは、◎兄上と違って大変単純でよろしい。


唯一駄菓子に侵食されていない私の聖域の前で立ち止まる荒々しい足音。

駄菓子で汚れきったアマイモンの指先が視界に入る。

…ああ汚い。
きちんと拭いておけ。

眉を顰めて一瞥した私は、ふとアマイモンが不機嫌そうに顔を歪めていることに気づいた。

何処か悔しそうで、たまらない、と言ったようなその表情。
私は目の前で黙り込むアマイモンの、先ほどの問いの答えを促す眼差しに、昔の己の姿を重ねて自然と笑みがこぼれた。



「…そのままの意味だ。いずれお前にもわかる日が来る」


苛立ちのままに振り上げられた拳を避ける。
アマイモンは◎兄上のことになるとすぐにこうだ。
◎兄上限定で―いや、案外それ以外にもあれなのが頭が痛いところだが―とにかく、◎兄上が関係することには全て私に逆らい所かまわず殴りかかってくる。


私はアマイモンと、そして密かに、僅かながらではあるが昔と変わらないままの自分の愚かさに笑う。


数秒後、背後から臭ってきた不穏な異臭。
ぴしりと固まった私は、ほとほと己の愚かさを悔いた。


私の背後で聞こえるぷすぷすという音。
そこにめり込むアマイモンの拳。
PS3専用の特注大画面メフィストVER.2が己の後ろに控えていたことを、私はすっかり忘れていたのだ。






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