胡散くせえ
黄色い喚声が上がる中、人の垣根を分けて火竜の姿を目にしたルーシィ。
その瞬間、彼女は異常なまでの胸の高鳴りを感じ驚きを隠せない様子で男を見つめた。
(な、な、な…なに、このドキドキは!!?)
激しく動悸がし始める己の心臓にルーシィの瞳は、女性たちに囲まれ困ったような表情を浮かべる魔導士を捕らえたまま離さない。
ドキドキとしながらも女性の相手をしながら目の前を通り過ぎる姿を視線で追っていると、不意に振り向いた男と視線が合いふっと笑みを投げられた。
瞬間、苦しくなる程心臓が一際大きく跳ねる。
(はうぅ!!!!)
ルーシィ自身、キュン、と締め付けられた胸に戸惑いつつ、キツく唇を結び両手で押さえて息を切らす。
(有名な魔導士だから?だからこんなにドキドキするの!!?)
俯きながら頬を紅くするルーシィは自分に驚きを隠せないようで、何故だろうかと考えを巡らした。
すると、その後ろから女性の黄色い歓声に混じって、群衆の騒がしさに負けないぐらい大きなが聞こえる。
そこには、文句を言われる事を全く気にせず人混みをかき分け"火竜"を探すナツと、煩わしいと不快を露わにしつつその背中を追う◎がいた。
「◎、危ねぇからもっとこっち来い、」
『っ、あぁ…』
人を押し退けながらも◎を気遣っているナツは、女性に道を塞がれ四苦八苦している彼の手を掴み強く握る。
◎は人波に飲まれ離れそうになるのを必死に堪えて、その手を握り返し流されないようついて行く。
そんな二人が後ろから迫ってきているとは露知らず、ルーシィは何かにとり憑かれた様子でふらりと歩みを進めた。
そして、足が向かうままに男の元へと向かおうとする。
だが、やっとたどり着いたナツたちが女性方なの股の下から出現するという奇妙で驚きな行動を目撃した彼女は、はっとして目を瞬かせた。
因みに◎は流石に股の下は嫌だったのかナツから手を離し、周りの女性たちに顔を歪めている。
『あー、邪魔だ…』
女性から抜け出し未だに地面に這い蹲っているナツを見下ろし、溜息を吐くとナツのぽかんとした視線に続き男を眺めた。
数秒見つめ合っていたナツと男だったが、固まっていたナツがだらだらと冷や汗を流しながら口を開く。
「誰だお前」
「!!!」
当然、騒ぐ群衆にいたにも関わらず自分を知らないナツに驚く男だったが、すぐにキリリと表情を引き締め手を顎に添えて笑んだ。
「火竜と言えば、わかるかね?」
その瞬間、ナツは男が瞬きをした間に◎を引き連れて目にも留まらぬ早さでさっさと群衆を抜け出す。
深い溜息を交えながら落ち込んだまま◎と手を繋ぐナツの素早さに男は口をあんぐりと開け呆然とした。
しかし、ナツたちのまるで男に興味はないという普通に考えれば当たり前の態度に、何故か周りの女性たちが黙ってはいない。
「お、お、…!なんだ、お前等!!!!」
鱗模様ののマフラーを乱暴に引っ張りながら、怒りに身を任せナツを怒鳴る彼女たちは男の元に彼を放り投げ戻す。
◎は器用に回避したのかハッピーと共に引きずられ罵声を浴びせられる彼を眺めていた。
男はそんな女性たちにウィンクを投げかけながらもナツを弁解する。
「まぁまぁ、その辺にしておきたまえ。彼とて悪気があった訳じゃないんだからね」
微笑む男に女性たちは黄色い歓声を上げながら優しさに身体をくねらせうっとりとした。
途端に◎の眉間による無数の皺と、大きく響く舌打ち。
更に騒がしくなった群衆の中で、正常な意識を取り戻したらしいルーシィは鋭い視線でその様子を見つめていた。
地面に膝をつけた状態のナツに、男は何処からか字を書く道具一式を取り出して軽やかに色紙の上でペンを踊らせる。
そしてそれを目の前に差し出した
「僕のサインだ。友達に自慢するといい」
「いらん」
さっと渡そうとされたサインをげんなりとした表情でいらないと即答したナツに、女性たちは更に怒りを爆発させる。
「何なのよアンタ!!!」
「どっか行きなさい!!」
ズシャア!!と痛々しい音を響かせ投げ捨てられたナツは、◎の足下で顔から倒れ込んだ。
「うごっ!!!!」
痛みに声を上げるナツにハッピーと◎は心配していないような声で話しかける。
「人違いだったね」
『女はこわいな。おいナツ、大丈夫か。お前、女物の香水臭いぞ。暫く…近づかないでくれるか?』
「ひでぇ!優しい言い回しにしてもひでぇぞ!」
暢気に言うハッピーに続き、顔を歪め嫌悪の表情で鼻をすんすんと動かす◎に、ナツは勢いよくがばっと起き上がり泣き始めた。
彼らがそんなやりとりをしている間に、男は華麗に指を鳴らして紅い炎を現れさせると、ひらりとその上に乗り周囲を見渡す。
女性たちの歓声に見送られながら、機嫌良く手を振ると上から言葉を発する。
「夜は船上でパーティをやるよ。皆、参加してくれるよね」
それに頷き男を見上げる女性たちを見て、◎は眉を顰め嫌そうな顔をし、ナツは訝しげな表情をした。
「何だ彼奴は…」
『胡散くさいな』
目を細め男を見据える◎がそう呟いた時、彼等の後ろでザッと地を擦る音が耳に届く。
「本当いけすかないわよね」
振り向いた彼等の視界に映ったのは、一度は男に胸を高鳴らせたがふっと正気に戻ったルーシィである。
礼を言い笑む彼女に、何のことか把握出来ないナツとハッピーは不思議そうに首を傾げ、◎は女性が来たことに不機嫌になった。
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