逆襲



急激な揺れに船内が文字通り混乱している中、ナツは、荒れ狂い全てのものとぶつかる状況から◎をかばおうとぐっと抱いている。
◎はナツの胸筋に頬を押しつぶされながら、二人でゴロンゴロンと船内を転げまわった。正直、ナツから離れたほうが柱や物に掴まって安定できる、とは言わないまま、ただひたすらに身を任せる◎の目は悟りを開いたかのように静かだった。


『首がもげるなこれは』

「お、お、おおう、おおおぉ…」


呑気にこの乱雑な絶叫系アトラクションの感想を述べる彼と、その上で呻き苦しむナツ。そんな彼らの身体を、次の衝撃が襲う。

―ドゴォン!

「おぉおおお!…お?」

『止まったな』


一際大きく揺れる船。とどめでも刺しに来たかと言うほど周りのものをそこら中に叩きつける。しかし、それが本当にとどめだったのか、そのとてつもない衝撃を最後に揺れは収まった。

その瞬間、ナツのうめき声もぴたりと止まる。

船が、止まった。


「…よし。ぶっ飛ばすぞ。一応妖精の尻尾か顔をよーく確かめてから殴ってくる」

『好きにしろ』


◎を離して立ち上がったナツに、◎はやれやれと首を振ると己もそれに続き、まだ騒いでいるサラマンダーたちに目を向ける。

その時に扉があき、ルーシィが戻ってきた。


「!」


焦った様子でナツと◎の無事を確認しようとする。だが、そのナツの表情を見た瞬間、彼女は凍りつく。なぜならナツが恐ろしいほどに怒っていたからだ。
サラマンダーが何かを言うのも気に留めず、ルーシィが助けに入ろうとするのも気に留めず。どんどんとサラマンダーに近づいていくナツ。


「お前が妖精の尻尾の魔導士か」


唸るように問いかけるその声の低さに、サラマンダーは気づかない。未だ、他性に無勢だと信じて疑わない顔色でニヤニヤと笑っている。


「それがどうした!?」

「よぉくツラ見せろ」 


服を脱ぎながら、向かってくる男たちを軽々と投げ飛ばしながら、ナツはその男の顔を睨みつけた。そして次の瞬間、高らかに吠える。



「オレは妖精の尻尾のナツだ!おめぇなんか見た事ねぇ!!」


ナツの言葉を理解する前に、サラマンダーの前にいた男が吹っ飛んでいった。驚愕の表情を浮かべたサラマンダーの、化けの皮が、はげる。


『喧嘩売る相手を間違えたな』


滅多に表情を崩さない◎がにやりと笑った瞬間、逆襲は始まった。


「ナツが妖精の尻尾の魔道士!!?」


ナツの肩にある紋章―妖精の尻尾の紋章を見ながら叫ぶルーシィは、信じられないといった風に目の前の光景を見る。
一方、まさかの本物登場に驚いた男たちは、サラマンダーとともに狼狽え始めた。


「ほ、本物だぜボラさん!」
「その名で呼ぶな!」

サラマンダー、いや、本名はボラというその男の名に、ハッピーとルーシィが反応する。盗みを繰り返していた小悪党―かつて所属ギルドを追放されたもの。その会話を聞いていた◎は、やっぱりろくでもない奴だったな、思いながら、怒り沸騰で前に立つナツの背を見る。

ナツにとっても◎にとっても、相手がどのような人物なのかはどうでもいいことなのだ。
重要なのは、勝手に妖精の尻尾の名を語ったことである。


『さぁ、生きて帰れると思うなよ、お前たち』



その日、ハルジオンの港が半壊した。


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