がたんごとん






評議会で委員たちがそう話していた頃、遙か遠くにある首都…ハルジオンの街に停車している列車の中では、駅員の心配そうな声が聞こえていた。



「あ…あの……お客様………」


駅員はとある乗客の顔色を伺いながら不安に表情を曇らせる。



「だ、大丈夫ですか?」


そう安否を気遣われているのは、黒のフードをかぶり表情も背格好も分からない者の隣で荒い呼吸をして目を回している青年、ナツ。



『………』

「あい、いつもの事なので」


フードの奥から見える黒い瞳を一瞬だけナツに向けたまま無言でいる者に変わり、足下で手を上げて青い毛並みの猫がそう答えた。

駅員は異常なほど息が荒いナツを心配そうに見下ろしながらも、平然としている猫と不気味でもある格好で静かに佇んでいる者の視線に渋々その場を後にする。


周りに人がいなくなった後も無言でいる者の隣で、未だ苦しそうに呻くナツが声を張り上げた。



「だー!もう無理!!」

『はぁ‥何がだ?』


突如そう叫ぶと覚束ない足取りで立ち上がり窓に凭れたナツに、訳が分からないと言う風に首を傾げる彼等。



「もう二度と列車には乗らん、うぷっ‥もう嫌だぁ…!」


そんな彼等にナツは言葉を付け加え説明すると、"列車"という単語だけでも気分が悪くなるのか口を押さえて呻いた。



『お前、毎回言ってるよな、その言葉』


何度も喉が引き攣ったような呻き声を上げるナツに、聞き飽きたとでも言うように"何回目だよ、"と呟いた声から、フードをかぶった者は男だとわかる。

背丈から考えるとナツと同じ年齢であろう青年は、低すぎないが高くはない声で小さく言葉を放つと同情にも似た眼差しでナツを眺めていた。



「◎…オレは今度こそ、絶対、ぜーったいに、乗らねーぞ…!」


◎と呼ばれた青年は弱々しく誓ったナツに興味が無さそうな視線を送り、すたすたと列車を降りる猫、ハッピーに続いて歩く。



「情報が確かならこの街に火竜がいるハズだよ」

『火竜か…火竜がこの街に…』


行こうと促すハッピーの言葉を聞き何かを考えるように口元に指を添える◎は、未だに列車を降りられずに窓から身を乗り出し酔っているナツに気付く。



「ちょ…ちょっと休ませて……」

『休むのはいいが、このままだとお前…』

「あ」


◎が言い終わらないうちに車体がゆっくりと動き始め、窓から驚いた表情で遠ざかるハッピーたちを見つめるナツが揺られていった。



『……発車の時間になるぞ…もうなったけど』

ぽつりと呟いた言葉は絶望に表情を染めるナツには届かず、ガタンゴトンと揺れ動き始めた列車の音で消される。



「◎ー!ハッピー!!助けてぇえ!!」


男としては情けない声で悲痛に叫ぶナツを、◎とハッピーは哀みの眼差しで見送るとお互いに顔を見合わせた。



「出発しちゃった」

『…………出発したな、』


二人、もとい一人と一匹は仕方なくナツが戻ってくるのを待つしかない。

遠くから何かを必死に叫んでいるナツを面倒くさそうに見ていた◎は、短く溜息を吐きその場に座り込む。



「待つの?」


随分と目線が下がった◎に首を傾げて聞くと、彼はちらりとハッピーに視線を向けて暫く沈黙する。

そして眉間に皺を寄せると列車が消えた方向に視線を戻し小さな声で言った。



『まあ、火竜がどんな奴か知らないしな』

「見た目が火竜だよ」


◎の言葉にすぐさま答えるハッピーは、ナツを待つのが少し面倒くさいのか街に行きたそうにしている。

少し薄情にも思うが確かに悪いのはナツであり、これがいつもの事ならば放っておいても大丈夫だろう。



『…………普通街中にいるか?いたら騒ぎになるし…』


何よりここからでも目立つんじゃ?そう内心思いながらも、ぼそりともっともな事を呟いた◎だったが、その言葉を上手く聞き取れなかったハッピーは小さく首を傾げた。

しかし◎は再度その事を言わずに、胡座をかき固く腕を組むと街を眺めていたハッピーを見つめる。



『はあ…いいから待つぞ。ナツがいなければ始まらない』


いろいろと理由を言いながらもナツを待つつもりなのか、◎は一向にその場を動こうとせず、ハッピーも地面に腰を下ろしてナツを待つことにした。



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