プロクスの男
交わす言葉は少ないながらも、暫くその場でサテュロスと会話をしていると、彼の情報がちょっとずつ話されてきた。
『プロクスかぁ…確か雪国?というか、氷で閉ざされている村だよな?』
「?…知っているのか、」
『まぁな。長年旅をしていると、珍しい本や昔の地図に出会ったりしてさ。古い旅の本で見たことあるんだよ』
驚いた風に目を見張ったサテュロスに、昔、何処かの町にあった古い書庫で読んだ旅行記について説明する。
「なら、随分古い本だな…俺が知る限りでは、プロクスに旅人が来たことなどない」
『あぁ、本が出された年はかなり昔だったからな。そうそう…年々寒くなって大変だ、って書いてあった。向こうは吹雪だとか』
古い記憶を辿って内容を口に出し、頭の中でページをめくる。
サテュロスは懐かしそうに目を細めていた。
遠い景色に自分の村を思い描いているのだろうか。
「そうだな…酷く寒い、極寒の地だ」
『ガイアフォールの近くだから、何かと危ないんじゃないか??』
「あぁ。村の外れに行くと、すぐに切り立った崖のような場所に出る」
『そうか………ん?近いと言っても、ガイアフォールは村から出て長い距離を歩かないと見えないんじゃないか??本では確かそう書いてあったけど…』
はて、俺の記憶違いなのか。
使わずにすんだナイフを袖口に感じながらも首を傾げてサテュロスを見ると、風で靡く青い髪がふいに揺れる。
「それは……」
『サテュロス?』
何処か違う本でのガイアフォールとサテュロスが言った距離を疑問に思い聞こうとしたけど、村の出身者である肝心の彼は突然黙ってしまった。
名前を呼んで見るも、彼の視線と言葉は戻ってこない。
もう一度呼ぼうと口を開きかけた時、サテュロスが目つきを鋭くさせた。
「もう…いや…やっとか…」
『どうかしたのか?』
何も答えず初めに自分が飛び出してきた方向を睨むサテュロスに倣い、俺も視線を動かす。
意識を集中させれば、急ぐように数人が走ってくる音が聞こえた。
草や土を踏みしめて一定の速度で続く足音と、周りの成長しすぎた茎や根をかき分ける乾いた音。
『…誰か一緒なのか?』
サテュロスの口振りからしておそらく仲間だ。
でないと、いくら彼が強いにしてもこの広い世界を旅することなんて難しい。
最近はモンスターも活動が盛んになっているし、危険が多いからな。
『仲間がいるなら引き留めて悪かったな。じゃあ俺はこれで…―!?』
自分なりに考慮して退散をすることにし、ひらひらと手を振った…のは良いが。
踵を返した俺の腕をガシリと掴んだこれは何だろう。
「いや、待て。メナーディたちもお前を気に入る」
『メナーディ…が、何だって?気に入る??』
呼び止めるにしては強すぎた力に顔を引き攣らせ離れない手に視線を落とすと、聞き逃せない言葉が耳に飛び込んだ。
メナーディ?これまた珍し…って違う違う。
気に入る。誰を?俺を??
…紹介するつもりなのか。
サテュロスは相当俺を気に入ったんだな。
空いた手で頬を掻きサテュロスと森の奥を見つめていると、やっと人の姿が見えてきた。
どうでもいいけど腕が痛い。
指がめり込んでるんじゃないかと錯覚するほどの力で引き留めなくてもいいんじゃないか。
「妙な気配を感じたのは俺だけだったようだからな…置いてきたのだ」
おぃいぃい!!仲間置いてきてどうするんだ!!
そう思いながらも未だに捕まれた腕を眺め、へぇ、と相槌を打つ。
『妙な気配?グールのことか??』
「◎、貴様のことだ」
『………え、』
「………と思ったが、今の貴様からは全くその妙な気配は感じない。…俺にも正体がわからぬ」
溜息を吐いて不思議そうに肩を竦めたサテュロスに、心臓が飛び出るかと思った。
あぁ、気づかれてない。
その言葉を飲み込んだ俺は、そうか、とだけ返して内心ほっと息を吐く。
意外とサテュロスは鋭いな。
ふむ、今後気をつけておこう。
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