君の代わりに
降ってくる、甘いキス。
瞼を閉じればそこに温もりを感じて、俺は片目だけで世界を映しながら目の前の青を眺めた。
若干緑が混じったような複雑な青色は、ヴェールみたいに視界を遮る。
さらりと指を絡めて滑らかな髪を梳くと、ピカードはそれを白い手でやんわりと掴む。
「◎の手、好きです」
『あぁ』
「その手で髪を梳かれるのも、好きです」
手の甲をまるで擽るみたいに指が這い、こそばゆい感覚に笑みをこぼした。
ゆっくりとピカードの口元へ移動させられる自分の手を眺める。
柔らかい表情で俺に微笑んだピカードは、ゆっくりと俺の手に唇を近づけて、静かに囁く。
「だから、もっと僕に触れて下さい」
そう言って向けられた瞳は優しく細められていて、慈しむようにまた落とされるキスは優しかった。
ちゅ、と口付けられた手の甲から暖かい感覚が全身に広がり、なんだか心地良い。
唇に重ねられた体温に目を閉じて、俺はぬるま湯に浸かったような気分に意識を落とした。
『嫌だって言ったら?』
そのまま意地悪く呟けばピカードがくすりと笑うのが分かって、再度交わされるキスに身を委ねる。
「別にかまいませんよ…ただ、心配なことが一つあります」
額から頭にかけて撫でられて、微かに生暖かい体温に気分が安らぐ。
眠たくなるぐらい気持ち良い感覚は、落とされた俺の意識を睡魔へと引っ張ろうとしてくる。
だけど俺は寝る気なんてないから、勿体なく思いながらも無理矢理目を開いた。
すると、視界いっぱいに広がるトパーズの瞳。
「こう見えて僕、甘えたですから。◎に甘えられないと死んでしまうかもしれない」
意外に真剣なその瞳に、沈みかけていた意識も浮上する。
じっと見つめ返してやっとのことで言われた言葉の意味を理解したときには、ピカードに抱きしめられて何も言えなくなった。
「なので、◎が触ってくれないなら僕自らが◎に触れます」
腕に力を込めてぎゅうぎゅうと抱きつくピカードは、やけに可愛いことを言いながら俺を見つめる。
絶えず向けられる瞳には、微かに嬉しそうに頬を緩めつつも何とか無表情でいようとする俺の姿が。
「◎だって、甘えて良いんですからね」
付け足されたその言葉に素直に頷けない自分がもどかしくなった。
本当は、俺は甘えたくてしょうがない。
しょうがないんだ、けど。
いつだって我慢してしまう。
恥ずかしくて甘えられないんだ、仕方ない。
でも代わりにいつもこうしてピカードが甘えてくれるから、俺は安心して我慢することが出来るんだ。
(僕に甘えて下さい)
いろいろ考えつつも、そう言いたげなトパーズの瞳に恥ずかしくなって、俺はたまらず顔を背けた。
君の代わりに
甘えているんです、と呟かれされたキスは、深かった。
Fin.
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