クザンに渡す
ダラダラと部屋の床に横になっている影が一つ。執務室に掲げられた額縁の中には「だらけきった正義」の文字。

その胸に掲げる正義に忠実に、そろそろ昼飯時か、と頭をポリポリ掻く海軍大将青キジは、例の如くサボっている。
ダラダラと相変わらずやる気の無さを体現していれば、フワリと舞った風。

「あらら、どうしたのニーナちゃん」
「フフフ、クザン。何時もの如く、休憩ですか?」

クスクス笑う声に、ゆっくりと起き上がれば目の前にこちらを覗き込む少女の姿。けれど何か気付いたのか、自身の執務机の上の方へ向けられた視線に、ああ、とため息を漏らす。

「凄いでしょ。俺も、ちょっと困ってんだけどね」

その上には、今の今までクザンの仕事に対するやる気を奪っていた原因。机に乗り切らず、床にまで散乱するほどの、大量の小箱。いわゆるチョコレートである。

「す、凄い、ですね……」
「そうなんだよね。毎年さ。大将なんてなると色々付き合いで義理とか貰うんだけどね。よかったら食べる?」

甘いもの好きのこの少女なら、きっと喜んで大量のチョコ消費に協力してくれるだろう。と軽い気持ちで提案したのだが、当の本人は眉を僅かに寄せたまま難しい顔をしている。

「ん、どうしたの?」
「いえ…… そうですか。困ってますか」
「ニーナちゃん?」

まるで自身に言い聞かせるようにポツポツと呟かれる台詞に、クザンは妙な勘ぐりをしてしまう。まあ、あり得ないだろうと思い、多少からかう気持ちで言ってみた。

「あらら、なに?俺にチョコ渡そうとしてくれたの?」
「えっ!?えっと……」

ところが、ギクリと気まずそうに目を泳がせるニーナに、クザンの方が驚く。
目を見開くクザンに、ニーナが漸く観念したように、背に隠していた小箱を見せた。

「あ、あの…… クザンにお渡ししようと思ったんですけど。ごめんなさい。こんなに貰ってるって知らなくて」
「ああ、いや。そのさ。そういうんじゃなくてね」

クソッ、と内心で数分前の己を呪いながら、クザンは必死に言い訳を考える。けれど上手い台詞が思い付かない。

流れる微妙な空気。気まずい思いに次の言葉が浮かばない二人の間にあるのは沈黙だが、その内……

「クスッ。アハハ」
「ニーナちゃん?」
「あ、ごめんなさい。えっとどうしましょう、これ。一応、監視役のクザンにはお世話になってるので、持って来たんですが。なんなら、私食べちゃいますけど」
「………いや。欲しいな、それ」

瞬間、漏れそうになったため息を飲み込んだ自分を褒めてやりたい。とクザンは乾いた笑いを漏らす。
まったく自分は何を一瞬でも期待したのだ。

「え、でも……」
「いいからさ。頂戴」

一瞬戸惑うニーナの腕を引いて、隣に座らせる。そうすれば、ニーナは困り顔だが微笑みながら手の中の箱を差し出して来た。

「どうぞ。貰って下さい」
「ん、ありがとう。上手そうじゃない。ニーナちゃんも食べる?」

箱の中に陳列する欠片の一つを摘んで、その小さな口の中に放り込んでやる。すると、途端に輝く笑顔。

「わぁ、甘い。美味しいです」

呑気にそういうニーナを見ながら、クザンは己の指に付いたそれを舐める。

「……うん。甘いわ、これ」

けれどそんなクザンに気付かなかったのか、口の中の菓子を満足そうに転がすニーナに、クザンは僅かに苦笑を漏らした。
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