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多少の乱闘騒ぎになったが、決着は比較的すぐについた。元の顔が解らなく成る程に腫れあがった海賊達を外へ放り投げた、男の勝利だ。
「あ、失礼。こりゃ、お騒がせした」
ニカニカと明るく笑う姿は、それまで乱闘を繰り広げた男には見えない。軽く一礼しながらカウンターに座るニーナに近付いてきた男に、ニーナもクスッと笑みを零した。
「いいえ、お気になさらず。“暴拳のダントウ”さん」
「おぉ、こりゃ失礼。知ってるのか?」
「そりゃ、最近有名な億越えルーキーだもの。知ってるわよ。でも……」
ニーナはゴソゴソとリュックを漁ると、そこから一つ絆創膏を取り出し、傷付いた頬にべたりと貼り付ける。
「はい。どうぞ」
「……フフ、失礼したな。おいオヤジ、このお嬢ちゃんに好きなもの」
「ええ、いいよ。別に」
「いいだろ。出会いの祝いと、コレの礼だ」
指差す先にあるのが、犬の柄だということは、今は黙っておいた方がいいだろう。と、酒場の男は先ほど少女が嬉しそうに頬張っていたアイスクリームを用意しながらそう心に決めた。
「いやあ、失礼した。ちょっと騒ぎすぎたか。どうにも気に入らなかったもんで」
「それが理由?」
「ああ。気に入らない。だから殴る。俺はそれだけさ」
「随分、ストレートで分かりやすいわね。潔いのかな」
ニーナが素直に思った事を述べると、ダントウは目を見開いた。
「ハハハ、そんな風に言われたのは始めてだな。肝の座ったお嬢ちゃんだ。失礼だが、名前は?」
「ニーナ」
「ニーナか。こんな物騒な所に何か用でも?」
「いいえ。特に用って訳でも。ダントウさんは?こんな所に、それも一人で」
「いや。ちょっと買い出しでな。どうしても腹減っちまって、途中で抜けてきたんだ」
「お仲間は?」
「船で作業してる。これからシャボンディへ向かう所なんだ」
ニッと歯を見せて笑うその姿に、ニーナも思わず笑顔になる。
「その後はいよいよ新世界だ。くぅ、ゾクゾクする…… おっと、失礼。ちょっとはしゃぎ過ぎたか」
「フフフ、楽しそう。もしかして、それがさっき気に入らなかった理由?」
「まあ、それもあったし。元々、なんとなく気に入らなかったんだ」
「クスッ…… そう」
気持ちがいい程素直でストレートなダントウに、ニーナはどことなく胸がすく思いだった。これこそまさに、自由気ままに、というのを体現した男と言えるだろう。
そういうのを見ると、羨ましいと思うと同時に、こちらまで胸がワクワクしてくる。とてもいい気分になるのだ。
その後も、目元を緩めてこれまでの冒険談を語るダントウの話を、ニーナも上機嫌で聞いていた。
「それでな、俺は言ってやったんだ。それが嫌ならかかってこいって」
「クスッ、なるほど。それも、また正論ね」
彼の武勇伝を語る姿は、本当に生き生きとしている。聴いているこちらまで活力が湧き出る程に。
そうやってニーナが楽しい時間に満足していると。
「あああっ!船長、やっと見つけた」
「なんだお前ら。そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたも無いっすよ。もうとっくに出航準備は出来てんのに。しかもなんか港が騒がしいんですよ。海軍のナントカって強いのが来るとかで。っていうか、アンタが何時迄ものんびりしてるから、こっちは街中探しまわる羽目だったんですよ」
ガミガミと怒る船員を、笑顔で宥めるダントウ。随分と慕われているその様子に、彼の器量が伺えた気がする。
「おっ、んじゃそろそろ行くか。ニーナ、会えて楽しかったぜ。またな!」
そう言ってニーナがそれまで食べていたアイスの代金も合わせた分の紙幣をカウンターへ置き、颯爽と去って行った背中を、静かにニーナは見送った。