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海兵の威勢の良いかけ声が響く訓練場。
そこでドサッと地面に投げ倒された海兵が、実に悔しそうに相手を睨みつけた。

「その顔怖いよ。スモーカー」
「テメェが手ェ抜くからだろうが」
「能力使わないのはお互い様でしょ。それに私は基本的に、マリンフォードとマリージョアでは海楼石着けることになってるんだから」
「その指輪外さねえなら、こっちだって能力無しで十分だって言ってんだ!」
「でも負けてるじゃない」

そう言ってニーナが手を差し出すが、スモーカーはそれを振り払い自分で起き上がる。
けれどそれが今の自分の実力。そう理解しているだけに、スモーカーは苦い思いを噛みしめるしかできない。

悔しさを押さえ込もうと咥える葉巻を深く吸い込んでいると

「ホイッと」
「なっ!?」

ベタリと嫌な感覚が頬に乗る。慌てて確認すれば、やはりそこにのる感触は絆創膏。

「テメェ、それヤメロって言っただろうがァ!」
「擦りむいてるんだし。駄目よ」
「このっ!」

武器の十手を振り回すが、見事に軽く躱されてしまう。それがまた気に入らない。
暫くその攻防を繰り返していると、横から別の声に止められる。

「止めなさい、スモーカー君。みっともないわ。ヒナ失望」
「ヒナ。帰ってたの?」
「お久しぶりね、ニーナ。また元帥殿を怒らせてない?ヒナ心配」

スモーカーからさっさと意識を逸らし、少し離れた場所で立つ美人に、ニーナは顔を綻ばせる。

「聞いたよ。また手柄立てたって」
「ええ。本当に、最近は骨の無い海賊ばかりだわ。ヒナ退屈」

ヒナがパサリと髪を払えば、漂う色香に周りから感嘆の声が上がる。

「フフフ。それはそれで、好いことなんじゃない?」

クスクスと笑うニーナの姿に、頬を赤らめる訓練兵。

隙を与えぬ雰囲気の美女と、フワリと笑う可憐な少女。絶妙なバランスに、訓練中の筈の海兵達の目は釘付けだ。
そこへ、また新たな人物が慌てた様子で訓練場に現れた。

「ス、スモーカーさん。やっぱりここでしたか。随分探したんですよ」
「たしぎちゃん。私はニーナ。スモーカーはあっち」
「あっ、ニーナちゃん!ご、ごめんなさい」

自分に頭を下げながら声をかけるたしぎに、頭に乗ったメガネを直してやれば、ハッとして慌てて謝ってくる。

「たしぎは相変わらずね。ヒナ安心」
「本当にもう、可愛いんだから!」
「ちょっ、ニーナちゃん。わっ、わっ!ヒナさんも、笑ってないで」

思わずと言った風にニーナが抱きつけば、顔を赤くしてアタフタとするたしぎと、それを微笑みながら見守るヒナ。


その光景へチラチラと向けられる視線には気付いていないようだ。

それまで訓練に勤しんでいた男達が、揃って手を止めていく。
((ああ、癒される〜))
汗臭い訓練場に咲く可憐な華。その存在に鼻の下を伸ばしても、今だけは誰も咎められはしない。

が他とは違い、目の前で繰り広げられる光景に、ピキピキと額に血管を浮き上がらせる男が一人。

「たしぎ。何か用があったんじゃねェのか!」
「は、はい!あの、勲章の贈与式が終わったので、赴任地へ戻るようにと」
「フン。だったらさっさと行くぞ!」
「はい!」

そう言って背を向けたスモーカーの後を追うたしぎ。その姿を見送りながら一度顔を見合わせたヒナとニーナだが、ヒナが先に肩を竦め歩き出したので、ニーナも笑顔で手を振った。

「ヒナ、たしぎちゃん、スモーカー。またね!私が言うのもなんだけど、お仕事頑張って!」
「はい。ニーナちゃん。今度はまた一緒にお茶しましょう」

ブンブンと名残惜しむ様に振り返って手を振るたしぎを置き去りに、スタスタと歩き去るスモーカー。そのすぐ後ろへ追いついたヒナは、クスッと短く笑った。

「ちょっと冷たいんじゃない?挨拶も無しで」
「アイツが気に入らねェだけだ」
「あらそう。でもどうして気に入らないのか、まだ解ってないのね」
「ああ?アイツが海賊だからに決まってるだろうが。例え七武海でも、所詮は同じだ」
「そうね。あの子も海賊。だから気に入らない」

チラリとヒナが振り返れば、それに気づいたニーナが更に大きく手を振って見せた。

「なら、その気に入らない相手に会うたび、勝負しようとするのは、どうしてかしら?」
「……何が言いたい」
「自分とは相容れない存在だからこそ、その事実が気に入らないんじゃなくて?」
「またそれか。毎度毎度訳の解らねえ事を。何が言いてェんだ!」

何度か聞かされた似た様な台詞に、流石にスモーカーも苛立ちを覚える。はっきりとしない物言いに、思い切り相手を睨みつけるが、当人にはフンと鼻で笑われてしまった。

「自覚が無いならいいわ。でも、強敵揃いで競争率も高いのよ。それだけは言っておくわ。ヒナ忠告」
「はあ?何のことだ」

相変わらず、訳が解らん。と顔を顰めるスモーカーに、ヒナは短くため息を吐いてみせたのだった。



***


今日も盛況な海軍本部の一角。

「さあ、今日はいいのが入ったよ。なんと人気上位三人のスリーショットだ。題して、“訓練場に咲いた華。三人の癒しの空間”。数量限定、サイズ各種。七百ベリー均一でどうだ!」

噂を聞きつけた海兵が、上官の目を盗みこの場へ走る。
滅多にお目にかかれない、三人が一枚の写真に収まり笑顔で談笑している光景。この機会を逃しては、己の目に焼き付けた情景を思い出す以外あの心癒される空間を楽しめないのだ。
むさ苦しい男社会の海軍において、華の存在は重要だ。

だから今日も、海兵達は懸命にその一枚を求めて財布の紐を緩めるのだった。
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