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ニーナがその救難信号を聞いたのは、全くの偶然であった。たまたま、食堂でのデザートを終え、適当に本部内を散歩していた時だ。
通信室の近くを通った時に、偶然耳に飛び込んできた救難信号を告げる電伝虫の泣き声。

状況だけみれば、本部近海で軍艦の破損というのは、決して深刻なものではない。連絡を受けた海兵が、冷静に上司に報告をしながら、本部から救助に向かう軍艦に連絡を飛ばしている。

が、その救助の方針が、海兵だけを救い破損した軍艦を捨てるというものだった。破損部位が船底でありまた大きく、軍艦ごと本部まで運ぶのは難しいということなのだが。

しかし、聞いた情報はそれだけではなく。その軍艦には海賊から押収した相当額の財宝も積んであるらしい。
地図を手にした一海賊団が、かなり古い時代の海賊の隠し財宝を見つけ、近くの島で馬鹿騒ぎをしていた所を捕縛したとか。

海賊から押収した財宝は、基本的にはマリージョアに運ばれそのまま政府側の費用となる。そのまま海軍や政府の予算となるか、聖地の住人の為に使われるかだ。
海賊のニーナにとって、結局利益になる訳ではないが。それでも、歴史的価値も高いだろう財宝が、海の底で魚の玩具になるのは、流石に勿体無い。


色々と思案している内に、軍艦を指揮しているのがモモンガだという情報もニーナの耳に届いた。

本部近海であり、乗船しているのが上位将校で事情も知っているモモンガ。
よし、と決めたニーナは軽やかなに本部の港を目指した。





そこからのニーナの行動は早い。救助に向かう軍艦の手配で右往左往する海兵の間をすり抜け、軍艦の間を行き来するようの簡易ボートを一つ拝借した。

港から堂々と出航しても良いのだが、それでは流石に速攻でセンゴクに報告されてしまう。海軍大将クラスに全力で追いかけられる状況は避ける為、コソコソとボートを港から離れた位置まで運んだ。

周りに海兵が居ないことを確認し、ボートの向きと軍艦の位置をもう一度確認する。

(これで少しは状況が動くといいけど……)

様子見の姿勢をいつ迄も崩さないセンゴクの気持ちも分からないでもないのだが。
ならば現状を打破するには、ニーナ側が何か大きな行動を起こす必要があるのだろう。更にニーナとしては、センゴク側がどうにも自分がこの本部から逃げる術を持っていない、と思っていることが引っかかっていた。

あまりニーナの実力とセンゴクの認識に差がありすぎるままでは後々都合が悪い。

「まあ、間違いなく怒られるなぁ」

それはちょっと怖いが、と海楼石の指輪を外し、能力に任せ乗り込んだボートを動かす。風の力を使えば、海の上の船は自由自在だ。

久しぶりに感じる潮風を深く吸い込みながら、ニーナは問題の軍艦を目指した。




***




呼びかけに船縁から顔を出すモモンガが唖然とするのも気にせず、ニーナはボートから甲板へ軽く飛び上がって乗り移る。

そんなニーナに、当然のようにモモンガが歯をむき出して詰め寄ってきた。

「お、お前!一体何をしている!」
「いやぁ、本部を散歩してたら救難信号が聞こえまして。モモンガさんだったら心配いらないとは思ったんですけどね。私もお手伝い出来ると思って……」
「バカを言うな!そもそも、ここへどうやって来た。大将方や元帥はこのことを知っているのか!!」
「あー、まぁ怒られるとは思ったんですけど。でも、早くしないと軍艦が沈んじゃいますし。それは勿体無いし……ということで、あんまり長く本部離れてると本気で怒られるので」
「お、おい!」

モモンガの怒声は尤もだが、このままでは鼓膜が破れそうだ。とニーナはさっさと飛び上がった。
メインマストの天辺まで風で浮きあがれば、下に向かって確認を取る。

「破損部位は右舷ですか?左舷ですか?」

上からの声に、船の甲板を走り回っていた海兵達も顔を上げる。

「あ、ニーナ嬢!右舷です!」
「了解です!全員、どこかにしがみ付いてて下さい!……傾けますから!!」

その言葉通り、何処からともなく吹きつけた風が、軍艦を力強く左に傾けた。右舷の船底を海面から浮かせる。そうすれば、当然破損部位も浮き上がり、浸水は止まる訳だ。

「このまま行きますよ!」

ニーナがそう合図すれば、軍艦は傾いた姿勢のまま、また発生した強い風に押され、一直線にマリンフォードを目指す。

マストの上で朗らかに笑うニーナに、モモンガは皺の深く刻まれた眉間をソッと押さえた。
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