103
「馬鹿者がっ!」
ドンと机に叩きつけられた拳を、ニーナは素知らぬ顔で見守った。
「これで何度目だ!」
「さあ、もう覚えてません」
「貴様はよくもそうしゃあしゃあと」
「でも、別に今回は小物じゃないですか。賞金たったの6千万ですよ。元気で面白い人でしたけど、そうすぐに脅威になる訳じゃ……」
「そういうことを言ってるんではない!!」
あまりの剣幕に、ニーナはビクリと肩を揺らしながら、それまでの何でも無いという顔を引っ込めた。
「ああもう、解りました。ちゃんとバツは受けますよ。それじゃ」
「貴様!これ以上の勝手な真似は許さんぞ」
ここに居ても話が進む訳ではない。センゴクの言葉を無視し、ニーナは無言で部屋を出た。
そのまま与えられた自室へと戻れば、思わぬ先客がソファを占領していたので一瞬目を見開く。
「あらら、俺が来るのがそんなに意外だった?」
「いえ。ただクザンはサボり……あ、いえ。散歩中だって聞いてたんですけど」
「ああ、まあね。でもニーナちゃんが帰ってくるんだったらさ、早く顔見たいじゃない」
だからといって、仮にもニーナの部屋とされている場所に本人の不在中に勝手に入り込むのはどうかと思うのだが。というより、仕事はどうしたのだろう。
「聞いたよ。また“お気に入り”庇って軍艦沈めたんだって?」
「沈めてませんよ。そりゃ、一部壊しちゃいましたけど」
時折気まぐれの様に海賊を庇い逃がすニーナの行動に、海兵達はその海賊を“海風のお気に入り”と呼んだ。
何時どの様に知り合うのか、またどうして庇う程に親しくなるのか。海軍側に理解出来ずとも、ニーナも所詮は海賊だということである程度もう納得していた。
とはいえ、派手な庇い立てや逃がした海賊の賞金額によっては見過ごすことの出来ないものもある。
そんな場合はセンゴクの叱責と共にインペルダウンへと追いやられるのも、既に慣れてしまった。
「あんまりヤンチャするんじゃないよ。心配するでしょうが」
「ううん…… そうは言われましても」
ソファに座るクザンの隣に腰を下ろせば、ポンポンと頭を優しく叩かれる。この感覚もなんだかすっかり馴染んでしまったようだ。
「まあ、インペルダウンで大人しくしてますよ」
今回は大物ではなかったとはいえ、少し前にも同じようなことがあったばかりだ。最近では小物を逃がした程度ではとやかく言われなくなったとはいえ、短期間に数が重なればセンゴクの額に青筋も浮かぶ。
インペルダウンへの収容を宣告されての帰還だ。明日には恐らく護送の手続きも済むだろう。
つまり明日の今頃は政府の誇る大監獄(インペルダウン)の中ということだ。
「……ハァ」
やはり気が重い。とニーナは遠慮なく溜め息を吐き出した。
***
宣告通り、インペルダウンへ収容されたニーナだが、ハンニャバルによって齎された情報に目を見開いた。
「三日間Level5、ですか?」
てっきり何時もの様に“虚無地獄”へ送られるものかと思っていたのだが。
「Level 0 “虚無地獄・仕置き房”は今修理と点検中だ。先日収容した囚人が暴れ回ってな、少し破損してしまったのだ」
「はぁ、それは大変でしたね。でも私の収容期間も三日の筈なんですけど、ずっとLevel5ですか?」
「そういうことだ。どうした不満か?」
「あ、いえ。そういうことでは…… むしろ嬉しいというか」
ボソリと本音を漏らしたニーナだが、ほんの僅かに残る不安要素に恐る恐るハンニャバルの顔色を伺った。
「あの、シリュウ看守長は……?」
「ん?ああ、安心しろ。シリュウ看守長はまた囚人の虐殺騒ぎで謹慎中だ」
「あ、そうなんですか。それは……」
よかった、と言っていいものか一瞬躊躇う。なにせ囚人が大量に虐殺されたという話なのだから。
しかしシリュウは初めの一度だけならず、こちらの監視が取れる頃合いを見計らっては何度も剣を振り上げに来たのだ。収容の度、とまではいかずとも少なく無い回数、シリュウのあの厭な笑みを間近で見せつけられている。
隔離されたLevel0 ならともかく、監視のないLevel5ではやはり不安があったので、若干安心だ。
「まったく、お前は何をしたらあんなにシリュウ看守長に嫌われるんだ」
「んー、特になにかした覚えはないんですけどね」
初めに気に入らないと言われているのだから、恐らく何かが気に入らないだけなのだろう。そんな風に考えるニーナは、刀を振り下ろす時のシリュウの、あのゾッとするほどギラつく目と楽しそうに吊り上った口元を思い出してまたため息を吐いた。
「とにかくだ、特別囚人パスカル・ニーナ。お前をLevel5極寒地獄へ収容する」
「はい。お世話になります」
「まったく、本来ならこれは署長の仕事なのに。職務放棄でクビになればいい」
現在トイレで格闘中のマゼランへ向けてブツブツと文句を述べるハンニャバルに続いて、ニーナは階下にあるLevel5を目指した。