03
あまりの事態に誰も理解が追いつかないようだ。誰もが驚愕の表情で固まるなか、鳴り響く轟音と振動、そしてバラバラと波を巻き込んで崩れていく巨大ガレオン船。
「首領(ドン)・クリーク!本船は……!!斬られました!!!」
未だ外で崩れる船に巻き込まれていく男たち。その悲痛な叫びにクリークが目を見開く。
「斬られた?斬られただと!?この巨大ガレオン船をか!?そんな……」
その後に続いた彼の言葉は、その場のほぼ全ての人間の心を代弁していたのだろう。
「バカな話があるかァ!!!」
ただ一人を除いて。
「おっと、危ない」
揺れる船内で傾いたアイスのグラスをニーナが慌てて受け止める。まだ半分ほど残っている中身が崩れていないことを確認すると、ホッと安堵した。
そしてグラスを片手に立ち上がると、騒然と青ざめながら船の外へ飛び出すコック達の後ろからこっそりと顔を出す。
「そうさ。“鷹の目の男”とは大剣豪の名。奴は世界中の剣士の頂点に立つ男だ」
足を組んで棺船の上からこちらを今にも睨み殺さんと鋭い眼光を飛ばしてくる男。予想通りの男に、ニーナは僅かに苦笑を漏らす。
なんとも、派手な登場だ。
“鷹の目のミホーク”の出現に誰もが、特にその剣の標的となったクリークの船員達は青ざめガタガタと震えだす。
その内の一人が耐えきれんとばかりにミホークに向かって叫んだ。
「畜生ォ てめェ!何の恨みがあって俺たちを狙うんだ」
悲痛な声を振り絞る男に、ミホークは視線すらよこさずに口を開いた。
「……待ち合わせまでの、ヒマつぶし」
「フザけんなぁーーーっ!!」
男の怒りと両手に持った銃からの発砲は、当然のことだろう。
彼等の野望は勿論、命すら危ぶめた非情な行いが、心底どうでもいいことのように告げられた先の理由であっては、誰であっても似た行動に出るはずだ。
しかし、その鬱憤が晴らされるかといえば、それは相手による。そして、今回は相手が悪すぎたと言って良い。
一瞬で背に差していた黒刀を取り出し、実に柔らかな動きでソッと発砲された弾の弾道を反らしたミホーク、当然だが無傷だ。
「え……!?は、ハズれたぞ!」
「外したのさ。何発打ち込んでも同じだ。 切っ先でそっと弾道を変えたんだ…… あんな優しい剣は見た事がねェ」
唖然とした空気の中、一人の男が静かに鷹の目へと船の残骸を伝って近づいていった。
その男から溢れる気迫と、“鷹の目”の名を聞いて自ら近付く行動にミホークも興味を示したのか、それまでは微動も動かなかった視線をチラリと寄せた。
「“柔”なき剣に強さなどない」
その言葉に、男は更に問いを重ねる。
「その剣でこの船も割ったのかい」
「いかにも」
それを聞くと男の顔は、絶望するどころか嬉しそうに笑みを作った。
「なる程…… 最強だ」
その腰には、珍しくも三本の剣。鍛えられた腕と、闘志に爛々とするその目で、彼の目的をニーナは察した。
「俺はお前に会うために、海へ出た」
「何を目指す?」
「最強」
ギュッと頭に手ぬぐいを巻きつけた男は、ニヤリと笑いながらそう言い放った。
その姿に、周りの海賊やコック達もがざわつきだす。
どうやら男の正体は、三刀流を掲げるロロノア・ゾロという者らしい。
彼はさきほどのルフィの仲間だったように記憶しているが、とニーナがチラリと例の麦わらの青年へ視線を向ければ、彼は無言で事の様子を見守っていた。
「哀れなり。弱き者よ」
ミホークはそう吐き捨てるも、立ち上がり広い足場へ移動するあたり、どうやら相手はする積もりらしい。
自身の野望と親友との約束の為と剣を構えるゾロと対峙した。
誰もが息を飲んで勝負の行方を見守るなか、その緊張感をあざ笑うようにミホークが胸にぶら下げた小さな十字架を抜く。
東の海(イースト・ブルー)の剣士など、それで十分だと語るミホーク。当然ゾロはなんのつもりだと目を釣り上げるが、そんなゾロを更に憤慨させる一言をミホークが言い放つ。
「あいにく、これ以下の刃物は持ち合わせていないのだ」
「人をバカにすんのもたいがいにしろ!」
そう叫んでミホークに突っ込んでいったゾロの怒りに、ニーナも思わず苦笑した。
一人の剣士として、命を賭して挑んだ世界最強の男に、そんな風にあしらわれては誰でもそう思うだろう。
しかし、ミホークには態度を改める気などさらさら無い。その証拠に、勇んで向かっていったゾロの剣を、次々に涼しい顔で、眉一つ動かすことなく見切り受け止めていく。
攻撃の一切をあしらわれ、それでも諦めることなく次々と仕掛けていくゾロ。けれどそれら全ては、世界最強の前には蚊が飛ぶほどの効果も無い。
「何を背負う。強さの果てに何を望む。弱き者よ」
「っ!!」
その言葉に反応したのはゾロだけではなかった。
「アニキが弱ェだと!?このバッテン野郎!!」
「てめェ思い知らせてやる!その人は……」
「やめろ、手ェ出すな!ヨサク、ジョニー!!」
飛び出そうとした彼等を諌めたのは、麦わら帽子のルフィだった。
「ちゃんと我慢しろ」
そう言って二人の男を抑えつけるルフィだったが、その顔は誰よりも悔しそうに見える。それでも尚懸命に耐える彼は、目の前で野望の為に戦う仲間の想いを何よりも大切にしているのだろう。ニーナも静かに、勝負の行方を見守る。
しかし結果は、もう既に誰にでも想像ができる。次の瞬間、
ミホークの短刀がゾロの胸に沈んだ。
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