彼の欲するもの

 ――守るものが欲しい。

 口には出さないが、エルヴィンが望んでいるのはそういうことじゃないだろうかと思っている。

 身体を繋ぐような仲になって、もう随分経っていた。
 初めはお互い探りあうようなのだったのが、だんだん快楽を貪りあうようなものになって、今はまた少し違う。


 世界は以前から残酷だった。そういう中でもそんな人類の運命に抗うように、エルヴィンは果敢に戦っていた。まだ人類の希望ある未来を思い描いていたのかもしれない。
 何度も壁外へ行って、その度生き延びて、分隊を任され、団長へと上り詰めていくうちに、彼もまた明確に変わってしまった。
 なにかに取り付かれたかのように、繰り返される常軌を逸した作戦の立案と実行。手段を選ばず、どんな犠牲をも厭わない。非情だ、冷酷だと批難をされながら、一方で酷く崇拝もされている。
 弱い部分などないようでいて、それが歪んだ形となってどんどん形作られていくような気がして、なんとなく恐怖と焦りを感じていた。
 もう、この世界に希望なんてどこにもなかった。





「んっ、あ……ッ」

 ぐいぐいと最奥を圧迫するそれに、子宮が悲鳴を上げているようだった。弱い部分をひたすら責められ、最後には真っ白になる。
 頭は枕に突っ伏して、後ろからエルヴィンが覆い被さる格好。最近のエルヴィンが好んでいる体位だ。理由は多分、私がなんの抵抗もできないから。その証拠に両手首も押さえ込まれるように握られて、ベッドに留められている。なんの抵抗もできずに、彼のなすがままになる。迫るようなその恐怖と快感に、既に囚われてしまっているのに。

「や、……あ、今日はダメ……」

 中でびくん、と震えるエルヴィンの気配を感じて、中に出さないでと必死に訴えた。エルヴィンは後ろから唇で首筋をなぞって、熱い吐息を洩らす。クラクラと酔いそうな甘い誘惑だった。

「どうして?」
「妊娠しちゃう」
「すればいいさ」

 無責任なことを言うエルヴィンに呆れながらも、そんなことを望まれる幸せを一方で感じる。
 もう何度目かのこの問答。
 子供が欲しいとねだられるのに、結婚はしないと突き放される。

 ――守るものなどいらない、と以前確かに彼は言った。

 いろんなものを失って、いろんなものを捨ててきた。仲間の命、自分の未来も幸せも、人間性と言われるものまでも。
 失うものがなにもなくなったら、いずれ自分自身も躊躇うことなく捨て去ってしまうだろう。

「冗談、言わないで」

 戒められた腕を振りほどこうと力を込めた。
 いつもは彼は無理強いはしなかった。私が嫌がれば身体をひっくり返されて、中ではない別の場所に吐精される。それは顔だったり口だったりして、苛立ちをぶつけるように酷くも扱われた。
 けれども、期待に反してエルヴィンの腕は頑として動かない。

「エルヴィン? ……んッ、あぁ……ッ」

 ゆるゆると焦れったく動いていた腰が、再び奥を圧迫するように押し付けられる。ビクビクと震えているのはエルヴィンではなく私の方なのかもしれない。勝手に腰が揺れて、ぐちゅぐちゅと音が響く度に羞恥と快感が迫ってくる。エルヴィンに押さえつけられた手をぎゅうっと握ると強く握り返された。

「私も、エルヴィンと死にたいの」

 妊娠したら、兵士ではいられなくなってしまう。なにもかもを捨て去る覚悟なんてない私がエルヴィンのためなら簡単に死ねる気がした。
 だが、後ろから囁かれたのは、非情な否定の言葉だった。

「駄目だ」
「心臓はとっくに人類に捧げてる」
「身体は? 俺に捧げたんじゃないのか?」

 急に腰を引かれて動きを止められれば、急に切なくもどかしくなってしまう。
 それでも、守るものなどいらないと言ったはずの彼が、今更守るものを欲しがるのは、なにか良くないものの前触れな気がして、首を思い切り振って否定した。

「なまえはとっくに俺のものだろう」

 私の心と身体の乖離を嘲笑うように、なにもかもを見透かしたエルヴィンが、腰を一気に進める。瞬間、意識が飛びそうになった。
 こうなると考えることなど放棄して、快楽の波に溺れてしまう。
 私の両手を戒めていたエルヴィンの両手が腰を掴んで、打ち付けを一層早くする頃にはもう抵抗もしなかった。

「ほら、身体は素直じゃないか」

 後ろから覗き込むように、顔を凝視される気配を感じた。
 横目でちらと見やると、エルヴィンは愉快そうに笑っている。細められた青い瞳が透けるように綺麗で、愛しく思った。  
 これが永遠に続けばいいのに、と、そう思ったとき、奥で熱いものが注がれるのを感じた。



「エルヴィンのいない世界なんて生きている意味がない」
「そんなこと言わないでくれ。君には生きていて欲しい」

 随分勝手な言い分だと、更に呆れてしまいそうだ。でも何故だか幸せで、お互いに向き合って笑った。
 疲労のためか一気に眠気が襲ってくる。目をつぶると、額にエルヴィンの唇の感触を感じた。

 ――俺が死んだ後も、なまえは俺のものだ。

 その呟きは消え入るように聞こえ、やがて意識は沈んでいった。


(2014.8.20)


エルヴィンだけじゃなくてお互い重かったかなぁと笑
ミサさまリクエストありがとうございました!

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