今ここで幸せなら

「……ね、なまえ」

不意に掛けられたその声にどきりとして振り向くと、思いの外近い位置にその端麗な顔があって、ますます心臓が高鳴るようだった。 食堂で、ごく稀に出るデザートに夢中になっていた私は、隣に人が座ったのにも気が付かなかったらしい。

「クリーム、ついてるよ。ここ」

自らの頬をトントンと叩いて位置を示しながら、にっこりと微笑んでるナナバさんは、 それこそデザートのように甘い顔をしていた。私はそれを見て慌てて頬を乱暴に拭う。

最近、気付けばいつもこうだ。 いつもやけに近くにいて、妙に絡んできたり、さりげなく身体に触れたり。恋愛の経験に疎くても、こうまでされればさすがに気が付く。

「ああ、可愛いなぁ。なまえは。まだついてるよ」

そう言うと、男の人の割には綺麗な細い指が顔に触れた。でも私はいつものようにそっけない態度でその手を振り払ってしまう。

「……あ」

ちょっと酷すぎた?と思ってナナバさんの方を見ると、彼はいつも通りの優しげな笑みを向け、やれやれと竦んでみせた。 ほっとした気持ちの方が上回っている。だけど、本当は彼を遠ざけたいのに。 食べかけの皿を持って、逃げるように席を立った。



ナナバさんの気持ちに、嬉しさもあるのに複雑な思いの方が多かった。調査兵団でも優秀な精鋭であるナナバさんとは違って、ごく普通の私には好きな人との未来なんて考えられないから。
それでもなんとなく、こんな日々を繰り返しながら、兵士として普通の人より少し早い死を迎えるものだとばかり思っていた。それは、自分だけの都合で、ナナバさんの気持ちなんて全く考慮しない勝手なものだったとも知らずに。



その日の訓練はやけにハードだった。壁外調査が近くに迫っていたこともあるかもしれない。いつも以上に立体起動装置を酷使して、疲労で身体が軋むようだった。

重い足取りで部屋に戻ると、ベッドに身体を投げ出した。元々は二人用のこの部屋は一人で使うには少し広すぎる。相部屋だった子は去年の壁外調査でいなくなってしまった。 寂しいとか、悲しいとかいう感情の後に来たのは、これが自分にも訪れる未来なのだという諦めにも悟りにも似たものだった。

こんなことを思い出すなんて、疲れているからだ。 呆れたような気持ちで目を閉じれば、すぐに深い眠りが訪れた。



疲労を回復させてくれる筈の眠りの中は、やけに息苦しかった。柔らかいものに包まれているような温もりを感じるのに、時々酷く苦しくなる。それでも疲れのせいか鉛のように重い身体は覚醒するのを嫌がった。

「ん……、うん……」

唇に柔らかく温かいものが触れ、次第にそれはぬるついた感触に変わっていく。口内をゆっくりと侵食するように、貪られていく。

「ふ、あ……、やめ、て……」

誰かにキスされている、と気付いたとき、ようやく眠りから覚醒した。 胸の上にのし掛かっているその人の体を必死で押し退けようとしたが、びくともしない。

「嫌……! 放してっ」
「酷いなぁ、なまえは。寝ている時はあんなに素直に私を受け入れてくれたのに」

その声で、これが誰なのかがはっきりと解った。と同時に抵抗のために強張っていた身体から力が抜けていった。

「ナナバ……、さん……?」
「なまえ、好き……」

彼の唇が首筋に移動して、そっと耳元で囁かれる。

「なにしたの?」

気付けばナナバさんの身体とは素肌が直に触れていた。しっとりと汗ばんだ肌がお互いに密着して、重みと体温とが伝わってくる。嫌な予感しかしなかったが、わななきそうになる唇を噛み締めながら聞いた。

「なまえを、私のものにした」
「嘘……」
「嘘じゃないよ。なんならもう一回、する?」

太股に添えられたナナバさんの手が、ぐっと大きくそこを広げた。 薄明かりの中で見えるナナバさんは、いつもとまるで違って見えた。
恥ずかしさと恐怖で慌てて抵抗しようとするが、力では敵わない。

「や……、どして……」
「なまえが素直にならないから」

本当は私のことが好きなんでしょう? そう言って、秘裂に彼のモノを添えられ、ゆっくりと押し込まれていく。ぬるついたその感触から、先程彼が言ったことは嘘ではないことを思い知った。
けれどナナバさんのそれを受け入れるのには随分な痛みを伴った。身体が強張っていたのもあるかもしれない。狭い箇所が押し広げられていく感覚に、勝手にいやらしい息遣いになり、声が漏れてしまう。

「も、やめ……、やぁ」
「やじゃないよ」
「うっ、ああ……ッ」

腰を掴まれ一気に奥まで進められると、身体の中心がびくんと痺れるようだった。

全て埋められた所で動きを止められ、ナナバさんの体重が覆い被さる。悩ましげな吐息混じりに呼ばれる名前と、好きだという呟き。 静止した状態では中に入っているナナバさんのものを意識してしまって急に恥ずかしくなる。
こんな風に強引に奪われても、好きだと言われて嬉しい気持ちの方が勝っている。彼の言うとおり、ナナバさんへの想いをずっと胸に秘めていたのだから。

「私なんて好きになっても、……仕方ないのに」

しゃっくり混じりに訴えると、頬を伝う涙にナナバさんの唇が触れた。

「どうして?」

いつも通りのナナバさんの綺麗な声に、余計に涙が出た。

「きっと私はすぐに死んじゃうから」
「そんなの、関係ないよ」

少し怒っているとも感じられる硬い響きを もって告げられると同時に、中に埋められた ものがずるりと抜かれ、またすぐに奥まで突き入れられる。その衝撃に頭がチカチカとしてなに も考えられなくなりそうだった。

「いつか死ぬのは私も一緒だよ。どちらが早いとか、そんなのは分からないじゃない」

冷静な声音で語りかけられながら、なおも続けられる挿送に身体をびくつかせながら、まるで祈るような気持ちで耳を傾けた。

「でもだからこそ、愛し合うんでしょう?」

ちゅ、と、頬にひとつキスを落とされる。その切ない感覚と、愛の告白に、嬉しさで震えそうになる。 こくこくと頷きながら、ナナバさんへの思いを呟やくと幸せな気持ちが胸に広がった。



「なまえの心も身体も、全部私のものにしたかった。そうしたらきっと、後悔なく死ねるだろうから」

ナナバさんは、そう寂しげに言った。 完璧に見えた上官も、死の恐怖と戦う普通の人間だったのだ。

「でも寝てる間にやるなんて酷い」
「ああ、あれね……、嘘なんだ。最後まではしてないよ。どこまでやったら起きるか試してはいたけど」
「えっ!?」
「だってほんとのこといったら怖がるでしょう?さんざんおあずけ食らって限界だったんだよ〜」

そう屈託なく笑うナナバさんがひどく可愛く見えて、夜這いされたことも半ば強引に奪われたことも簡単に許してしまいそうだった。

「こうでもしなきゃ、素直になれなかったでしょ?」
「……う」
「今までの分、取り返すから」

だから、もう隠さないで。
幸せなことも、怖いことも。

全て包み込むような優しい瞳を向けられる。
ナナバさんとなら、どんな世界でも怖くないと思った。ずっと一緒にいられるように願いながら、いずれ訪れる死への恐怖も今は忘れて。

これが夢でも現実でも、ずっと醒めないように祈りながら、二人で眠った。


(2014.8.16)



ナナバさんは甘々な台詞を言わせられるので書いていて楽しいです。
もあんさまリクありがとうございました〜

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