01

 なまえがこのリヴァイ班のアジトに着いた時には、既に始まっていた。
 じめじめと湿度を含んだ地下室の、石造りの壁を通して悲壮なまでに響き渡っていた声は、しばらくの間響き渡り、突然に止んだ。
 リヴァイとハンジによる少々手荒な尋問は終わったものだと、無防備にその部屋に近付いたなまえは驚愕することになる。
 突然開かれた扉の、その奥に広がる光景。少し視線をずらせば目の前に飛び込む赤い色。
 扉を開いた主は、肘まで覆い隠す長い手袋に、エプロン姿のリヴァイ兵長だった。潔癖性の彼が身を守るために身につけたのであろうソレは、まさにその役割を果たしたとばかりに真っ赤に染まっている。

 巨人を屠るとき、彼はいつだってその血に染まっていた。
 だが、巨人の血はすぐに蒸発して、跡形も残らない。
 いつまでもそこにべったりと張り付いている血痕が、彼が人間に対して傷を負わせたなによりの証で。
 途方もない戦いに足を突っ込んでしまった。終わりの見えない恐怖に、なまえは目の前が真っ暗になった気がした。




 そもそもの事の発端は、調査兵団の主力がことごとく戦死または大怪我をし、壊滅状態になったことだった。
 取り立てて功績のない下っ端のなまえでも、これまで顔を合わせる機会すら少なかった幹部の直下で動かなければならなくなった。
 与えられた仕事は、中央で王政打破のための画策へと動くエルヴィンと、山奥でエレンとヒストリアを守るリヴァイ班との連絡役。アジトを敵に悟られないように様々な工夫を凝らすため、数人でこの任に当たっていた。





「おい、どうした」

 あまりに凄まじい拷問の光景に、固まってしまったなまえは、冷たく放たれるリヴァイの声にようやく我に返った。

「……っ、すみません! 団長からの伝達を預かってきました」
「そうか、ご苦労だったな」
「では、早速……」
「待て。ここじゃなんだ、部屋で聞く。早く着替えたいしな」
 
 そう、そっけなく呟くと、リヴァイは血の匂いの籠った地下の小部屋を出て、階段を上がっていった。なまえも慌ててその後を追いかける。

 人類最強と呼ばれるこの男は、元々近寄り難い空気を纏っていた。ところがこの調査兵団の危機的状況に際して、ますますそんな空気が濃くなった気がする。疲れなのか、少しやつれて影の深くなった顔は凄味すら増し、暗く、重い雰囲気だ。
 右腕を失ってから、むしろ瞳の清廉な輝きを増して、まっすぐに前を向き続けるエルヴィンとはまるで違っている。



 暗く空気の澱む地下室とは対照的に、リヴァイ兵長の部屋は明るく、綺麗に整えられていた。

 リヴァイが備え付けの水道で入念に手を洗うのを、なまえは入り口に立ったまま眺めていた。汚れたエプロンと手袋は、既に途中のゴミ箱に投げ捨て、リヴァイは普段よりもラフな私服姿を見せていた。

「エルヴィンは元気か?」

 不意に掛けられた声に、慌てて返答をする。

「は、はい。最近は身の回りのことはほとんどご自分でなさるようになって。医師も驚くほどの回復ぶりだと」
「そうか」

 そう言って頭を持ち上げたリヴァイと目が合う。
 エルヴィンの様子に興味を持っているとは言い難い彼のその表情に、なまえは思わず生唾を飲み込んだ。いつの間に、手を伸ばせば触れてしまいそうな距離に、彼は見下ろすように立っていた。後ずさりをすれば、尚距離を詰められ、とうとう壁際まで追いやられる。

「……兵、長?」


(2014.6.13)
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