確かめる甘さ

※ 身体と気持ちの証明をの続きのつもりですが、ちょっと雰囲気が違うかも…


 あれから一ヶ月が経つ。
 手が届くはずのない人へ恋をしてしまった。そのことが間違いの始まりだったのだ。
 バレンタインデーにかこつけて団長室へ忍び込み、あげくスパイと勘違いされ、なにがどう狂ってしまったのか解らないが、全て奪われてしまった。

 背中に当たった固く冷たい机の感触も。
 薄明かりの中で見た、彼の青い瞳も。
 耳元にかかった熱い吐息も。
 
 全てが未だ生々しく、身体に残っている。
 酷いことをされたと思うのに、彼を憎めないでいた。愚かな気持ちの終着どころか、まだ思いを引きずったままだ。

 あれから、団長からは何のお咎めもなく、潔白は身を差し出すことで証明されたらしい。それでも気持ちを知られてしまった気恥ずかしさで、団長の姿を直視できなくなった。
 下っ端の兵士はそもそもあまりお目にかかる機会のない団長だが、たまに遠目から見つめるのが何よりの幸せだった。偶然廊下ですれ違えるときなんで、天にも昇る気持ちだったのに。
 今は心がずしりと重くて苦しい。あの時団長に食べさせられたチョコレートのようにほろ苦く、胸に灼け付くようだ。こんな気持ちになるなら、あんな馬鹿なことをしなければ良かった。そもそも彼を好きにならなければ良かった。



「おい、お前か? 3班のなまえっていうのは」 
「……え?」

 不意に声を掛けられ、はっとして顔を上げると、非常に目付きの悪い黒髪の男が覗き込んでいた。人類最強と名高いリヴァイ兵士長だ。この人も団長と同じく、下っ端には滅多にお目にかかれる人ではない。

「来い。エルヴィンが呼んでる」

 急に腕を引っ張られ、身体を起こされる。

「え……!! 団長が一体何のご用でしょうか……?」
「知らん」

 一月前のあの件の罰が今更言い渡されるのだろうか? かといってどのような顔で団長の前に立てばいいのだろうか?
 
「ま、待ってください!」
「早くしろ。俺だって暇じゃねぇんだ」
 
 リヴァイ兵長は明らかに不機嫌そうな顔でチッと舌打ちをした。挙げ句、削がれてぇのかと耳を疑うような台詞まで飛び出した。
 恐怖と焦りで足がもつれて上手に歩けなくなる程なのに、お構い無しに引っ張られていく。手首を握る手に力が入って締め付けが痛いほどだ。時間稼ぎでも無駄な足掻きでもいい、何かを話して気を逸らそうと口を開いた。
 
「あ、あの! つかぬことをお伺いしますが、服務違反とかをした場合与えられる罰って、団長の場合どんな感じなんでしょうか?」
「……、何の話だ?」
「拷問……までは行かなくても、壁外調査で実力を考慮されない危険箇所への配置をされたり、食事抜きとか、謹慎処分とか、いろいろありますよね!?」
「罰を受けるような心当たりがあるのか?」

 しまった、墓穴を掘ったと思ったときには遅かった。口を閉ざした私に、リヴァイ兵長は神妙な面持ちで言った。

「アイツは容赦ない、ってことは保証できる。俺の口から言えるのはそれだけだ」

 一気に鳥肌が立ち、背筋を悪寒が走り抜ける。

「やっぱり無理です……!」
「諦めろ」

 冷たく放たれるリヴァイ兵長の言葉が胸に突き刺さるようだった。あなたも十分容赦ないですと思う程、強引に引っ張られ、団長の前に引きずり出された。



 

「やぁなまえ、久しぶり。不法侵入は簡単にするくせに、正当な呼び出しには随分時間がかかるんだな」
「すっ、すみませ……」
「リヴァイ、助かった」
「もうこんなおつかいは勘弁してくれ」
 
 呆れたようにため息を吐きながら部屋を後にするリヴァイ兵長を見送りながら、エルヴィン団長は少し微笑みながら困ったように目配せをしてきた。
 最後に会った一ヶ月前とはかなりの様子の違いに、思わず呆気に取られてしまう。明るい場所で、しかも間近で見るエルヴィン団長は、金の髪が眩しく光り、ブルーの瞳も吸い込まれそうな程透き通っている。思わず見とれてしまいそうになったが、慌てて視線を逸らした。

「やっぱり、不法侵入をしておいて、お咎めなしとはいきませんよね……」
「……そうだな」
 
 やはり冷たく言い渡されるその言葉に、涙が出そうになるが、ぐっと目をつぶり覚悟を決めて言った。 

「どんな罰でも受けたいと思ってます」
「……っ、はは」

 団長が急に笑い出したことに驚きで顔を上げると、彼の顔が間近に迫っていた。

「今更そんなことで呼び出すと思うのか? じゃあ今日が何の日かもわかってないんだな」
「えっ……?」

 今日は3月の……、ああ、昨日が13日だったから今日は14日か……
 考えている間に、エルヴィン団長は私の髪を一房手に取り弄んでいる。
 
「あっ、ホワイトデー……」
「貰った気持ちにはちゃんと答えるよ」

 綺麗にラッピングされた小さな箱を手渡され、リボンを解くように促される。

「まさか、そんなことのためにあのリヴァイ兵長を……」
「ああ、私にとってはそのぐらい重要なことだ。さあ、早く」

 畏れ多さに震えそうになる私に、エルヴィン団長は飄々と言ってのけた。さっき髪の毛に触れていた手はいつの間にか肩の上に乗せられ、団長の胸が背中に密着している。緊張で手が震えそうになりながらも、滑らかなサテンのリボンに手をかけてほどいていく。
 中に入っていたのは、宝石のように色とりどりの精緻な細工のされた砂糖菓子だった。団長はその中の一つを手に取り、私に食べさせた。
  
「甘い、……すごく美味しいです」
「君のくれたチョコは甘さ控えめで悪くなかったが、私は結構甘党でね。今度はとびっきり甘いお菓子をくれると嬉しいな。……どれ、味見を」

 彼の言った意味を理解する間もなく、後ろから団長の顔が近付いてきて、あっという間に唇を塞がれてしまった。
 後ろから覆い被さるように抱かれ、片手で顎を捉えられているから、満足に身動きもできない。口の中に侵入する舌から逃れようと思っても、追いかけられてすぐに捕まってしまう。口の中に広がる甘い味が、団長の舌に絡めとられて、ますます甘くなっていくようだ。

「ん、美味しい」

 小さくリップノイズを立てて唇が離れると、団長は赤い舌を少し覗かせて唇をぺろりと舐めてみせた。その色っぽい仕草にドキドキが止まらなくなり、顔が一気に火照ってしまう。

「あ、あの、すみません。お酒が好きだと耳にしたので……」
「ああ、お酒は好きだけど、甘いものも好きなんだ。……変かな?」

 そう言って照れくさそうな表情をする団長がなんだかすごく可愛く見えて、慌てて首を振った。

「でもまさか、食べていただけたなんて……」
「せっかく君が毒入りでないことを証明してくれたからね」

 そう言うエルヴィン団長の横顔の表情が一瞬冷たく見えた。一ヶ月前のあの日のような、冷酷でなにもかも当たり前のように奪ってしまう支配者の姿が重なる。
 でもすぐに、柔らかく微笑みながらこちらを向いた。

「どうした? そんな化け物を見るような目で」
「い、いえ。団長がこんな風に笑ったりするなんて想像がつかなくて。この間の姿とあまりに違うから混乱してしまって……」
「ああ……」

 その青い瞳に見入ってしまい、彼の手がゆっくりと伸びてくるのに気付かなかった。次の瞬間には両腕でがっちりと抱きすくめられ、身動きが取れなくなってしまう。

「だ、団長っ」
「侵入者が君ってことは最初から分かってたよ。もちろん、その目的も。ちょっと脅かすつもりだっただけなのに、気付いたら止まらなくなって……、すぐに謝りたかったが、あれから君は目も合わせてくれないし、すぐにコソコソと隠れてしまうし、傷ついたよ」
「……そんな」
「悪かった。代わりに、今日は私を君の好きにしていいよ。ホワイトデーだから、私をあげよう」
「それって、……バレンタインのお返事ですか?」
「今から君が確かめればいい」

 団長は革張りのソファーに身を投げ出すように座ると、両手を広げて招き寄せるような仕草をした。
 今度は無理矢理奪われるわけではない、自ら彼を欲することを選ばされるのだ。信じられないような、ふわふわと宙に浮くような気持ちの中で、エルヴィン団長に吸い寄せられるように身体が動いていった。
 すぐに団長の両腕に捉えられ、包み込むように抱きすくめられた。
 
「ほんとに、ほんとに、いいんですか? 団長……」
「ああ」

 ぼやける視界の中で、団長は優しく微笑んでいた。

「でも、どうしたらいいか……」
「教えてあげるよ」
 
 そう言って彼は私の手を取った。初めから私の心臓は彼に捧げていて、どういうわけか身体も捧げることになって、それ以上のことなど望んでいなかった筈なのに、喜びと幸せで満たされる。
 


 彼の返事を確かめる過程は、完璧に甘かった。
 甘いものが好きだと言うエルヴィン団長が、混じりっ気のない砂糖菓子をくれたことも、容赦がないことの現れなのだろうか。リヴァイ兵長が言ったことはある意味本当だった。

 しみじみと余韻に浸る私に、団長は言った。

「ああ、そう言えばさっきはリヴァイと随分親しげに話していたな。それにリヴァイの手をあんなに煩わせて、後でどれだけお小言を食らうか分からない。いけない子にはおしおきが必要だな」
「だ、団長?」
「この細い腕を鎖で繋いでどこかに閉じ込めてしまおうか」

 手首を取られ、そこに口付けられる。

「なまえ、君は、私のものだ」

 あの日見た団長が甦る。優しくても、そうじゃなくてももう団長に完璧に囚われている。どんな風にされたって、きっとそれは甘いとしか感じない。
 きっと私に返事を伝えるためだけじゃない。私のこの返事を確かめたかったのだ。彼の望む返事を簡単な言葉で告げると、彼は冷たく、甘く笑った。


(2014.3.14)

砂糖菓子の中に本物の宝石が入っていて、それが(鎖を繋ぐ)首輪か腕輪の飾りになったらいいなと考えてましたが、時間の都合で書けませんでした…笑

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