正しい教訓の伝えかた

「人類最強の兵士でも風邪を引くことがあるんですね」

 なまえはベッドに横になっているリヴァイを見下ろしながら呟いた。とろんとした眼差しを向けてくる彼に、いつものような鋭い眼光は見当たらなかった。
 
 リヴァイが倒れたのは約1時間前。今日の訓練も終わる頃だった。
 彼の症状は発熱と少々の咳、節々の痛み。軍医はただの風邪だろうという診断を下し、部屋を後にしたところだ。
 
「軍医が風邪薬を処方してくださったので、飲んでください」
「いい、こんなの寝てれば治る……」

 彼はそう言って、もぞもぞと壁際のほうに寝返りを打つ。

「もしかして薬が苦いから嫌とか、そういう理由じゃないですよね?」
「……」
「これは持論ですが、風邪に一番効くのは薬だと思います」

 どこかで聞いたような台詞を口にしながら、リヴァイの説得を試みるが、彼はそっぽを向いたままだった。人類最強の兵士と呼ばれ、調査兵団の主力である彼が寝込んでいることは深刻な事態である。いつ壁が壊されるかも分からないのだ。
 それらのことを踏まえながら、薬を飲むよう懇々と説得を繰り返すが、彼は一向に首を縦に振らなかった。

「あぁ、分かりました。今兵長に一番必要なのは言葉による教育ではなく、教訓ですね……」

 そう言ってベッドに乗ってリヴァイの枕元に正座すると、彼の頭を膝に乗せ、顎を掴んだ。高熱に冒され、身体に力が入らないらしい彼はされるがままだ。

「はい、兵長、あーんしてください」
「お前……色気のない奴だな。他にもっとやり方があるだろ」
「え?」
「口移しとかあるだろう」
「ちょ……、兵長それ期待してたんですか。でもダメですよ。私も苦いのは嫌なので」

 主導権は完全にこちらのものだ。いつもとは逆の力関係に思わず笑みがこぼれる。
 彼の要望は無視して無理矢理口を開かせると、粉薬を流し入れ、すぐにコップの水を飲ませた。

「はい、ちゃんとごっくんしてくださいね」

 涙目のリヴァイが睨んでくるが、今の彼は全然怖くない。飲みきれなかった水が口の端から零れ出て喉元を伝っていく様が妙に色っぽかった。

「よくできました」

 薬を飲み込んだのを見届けると、コップの水を自らの口に含ませて、リヴァイに口移しした。
 ごくんと喉を鳴らしながら水を飲んだ後、すぐに彼の舌が入り込んでくる。確かに少し苦かった。

「こら、うつっちゃいますよ」
 
 そう言って彼を引きはがし、ベッドに横たわらせた。

「……これは持論だが、風邪に一番効くのは優しい看病だと思う……。なまえ……、そばにいてくれ」

 リヴァイは甘えるような声色でそう言うとなまえの手を握った。発熱のために頬を紅潮させたリヴァイが、潤んだ瞳で見つめてくる。普段の彼の姿からは想像もつかないようなしおらしい態度だ。その姿になまえの心拍数はどんどん上がっていく。

「もう!優しく看病してるじゃないですか。今夜はずっと付いてますから、もう眠ってください」

 握られた彼の手はとても熱くて、とても愛おしかった。
 反対の手で彼の頭をそっと撫でると、目を閉じた彼は間もなく寝息を立て始めた。



 カーテンの隙間から朝の光が差し込む頃、リヴァイのベッド脇に座ってそのまま眠ってしまったなまえは目を覚ました。

 目の前には、リヴァイのあどけない寝顔。そっと彼の額に手を当てると、もうすっかり熱は下がっているようだった。ほっと胸を撫で下ろすのと同時に、少し寂しいようなおかしな感慨を覚える。
 普段は黒い悪魔のような彼なのに、弱っているときは天使のように愛らしかった。もうあの姿には当分お目にかかれまい。
 そう思ってせめて寝顔だけでも目に焼き付けておこうと凝視する。長い睫毛に高い鼻梁、薄い唇は少し開いていてとても可愛らしい。寝顔も天使かもしれない。これからは寝顔もたまに盗み見ようと決意する。

「おい、いつまで見てるんだ」

 凝視していたなまえの視線とリヴァイの視線がぶつかった。彼は普段の鋭い眼光を取り戻したようだ。

「わ、兵長。おはようございます」

 慌てて目線を泳がせながら平静を装った。彼の視線に身体が強張る。機嫌が悪いのかもしれない。寝起きは大抵そうだ。

 そして昨日したことを思い出してしまった。弱っている人間に対し、薬を飲ませるためだとはいえ、強引な態度に出てしまったことを激しく後悔する。

 リヴァイは身体を起こすと、調子を確かめるように首や腕を曲げながら言った。

「もう大丈夫なようだ」
「それは良かったです。では、私はこれで」

 一刻も早くこの場を逃げ出したかった。どんな報復が待っているかも分からなかった。

「待て」

 立ち上がろうとしたところで腕を引っ張られ、ベッドの上であぐらをかいているリヴァイの股間に顔がぶつかった。慌てて顔を上げると鋭い目つきをしたリヴァイに後頭部を掴まれる。

「お前、昨日はよくもあんなクソ苦いもん飲ませてくれたな」
「だって、お薬飲まなきゃ治らないと思って」
「お前にも飲ませてやるよ。苦いの」

 そう言いながらリヴァイは空いている手で下衣の紐を緩め、自身の屹立したモノを取り出した。それをなまえの頬に押し当ててくる。ぺたりとしたその感触に胸がざわついた。

「ほら、”あーん”しろよ」
「兵長それって……」
「ん? それとも下のお口で飲むか? ちゃんと”ごっくん”するんだぞ」

 リヴァイはそう言いながら意地悪く口角を上げた。昨日とはうって変わって冷酷な表情をする彼にくらくらと眩暈がしそうになってくる。

「兵長、許してくださぁい!」
「今お前に必要なのは言葉による教育ではなく教訓だ」

 彼の冷たい声が胸に突き刺さる。なまえはそれから何時間もかけて教訓を身体に刻み付けられたのだった。


(2013.9.26)

[ main | top ]