To be, or not to be
「あっためてあげる」
見上げたエルヴィンは優しい言葉とは裏腹に、その瞳は冷淡な獰猛さを宿している。こうなったらもう抗えないのをなまえは知っていた。
エルヴィンの唇が頬に優しく触れる。そのまま耳殻まで辿った彼の唇から吐息が漏れ、耳孔に舌を差し込まれるとゾクゾクとした痺れが走った。
壁外遠征、前夜。
眠れずに訪れた兵舎裏の丘でエルヴィンと出会ったのが事のはじまり。
――遠征前夜に必ず囚われる妄執。
死ぬことは怖くなかった。死の恐怖は一瞬だ。公に心臓を捧げた兵士なのだから、闘いの末に散るのなら本望だ。
むしろ生き続けることの方が怖い。
最近は壁外から帰還する度に生き残った喜びよりも、いつ終わるかも解らない戦いに身を投じ続けることへの苦痛を感じることの方が多かった。
5年生き延びているといっても、大した実力があるわけでもなく、運が良かっただけだ。小さな幸運の積み重ねが命を首の皮一枚で繋げているに過ぎない。
もう、いいかげん終わらせてしまえば楽になれるのではないか。
今日はあまりにも星空がきれいで、彼もその風景の中に溶け込んでしまいそうなほどきれいで、思わず心の奥底にしまっていた感情を吐露してしまいそうになった。
もちろん全てを言えるはずはなかったけれど。
エルヴィンに敏感な部分を触れられる度に、ビクリと身体が反応する。ゆっくりと身体を開かれ、快感へと誘われる。
抱かれるたび、愛撫がねちっこくなっているのは気のせいだろうか? こういう関係になって5年くらい経つが、歳を重ねるごとに触れ方が執拗になっている気がする。触れ方だけではない。平気で淫猥な言葉を掛けてくる。
「……っ、ヘンタイ」
思わず口にするが、エルヴィンは悪びれもせず、「なにを今更」っと言ってのけた。その表情は扇情的で、自分の中の欲望が刺激された気がした。
身体の奥までエルヴィンの熱いモノを穿たれ、その圧迫感と迫り上がる痺れに思わず嬌声をもらしてしまう。エルヴィンが満足そうに口角を上げるのが見えて、余計にぞくぞくと感じた。
手を伸ばしてエルヴィンの肩にしがみつくと、彼の熱い吐息が耳元にかかる。胸に厚い胸板が押し付けられて、布越しに心臓の鼓動を感じた。
こんなにお互いを熱くして、感じているのに。
一番近くで繋がっているのに。
快感を与えられれば与えられるほど、その一方で胸の奥にきゅんとした切なさがこみ上げてくる。彼はどんなに欲しいと願っても、手に入らない人だから。
エルヴィンの背後には無数の星が瞬いていた。その中で特に星が密集して光の帯のように見えるところがあった。この光の帯を川に見立てた東洋の伝説を耳にしたことがある。この川は恋人同士を隔てているのだと。
いっそ手に届かない場所にいたら、こんなに苦しい気持ちにならずに済んだのではないだろうか、そんな考えが頭に浮かぶ。
何度身体を繋げても、彼から愛の言葉を聞くことはできなかった。なまえからも告げることはなかった。
戦いの中に身を投じる兵士にとっては、執着を生じる存在など足枷に過ぎないことは解っていた。
胸に秘めている思いの苦しさが形になって現れたのか、快感のためなのか解らないが、涙がこぼれていた。
感じやすい奥深くを何度も突き上げられ、絶頂に達する。疼く蜜壷がビクビクと収縮し、エルヴィンの脈打つ肉棒を締め付けていった。エルヴィンも絶頂が近いはずだ。
「んぁ……あ、エルヴィン……の、中に……ちょうだい……」
息も絶え絶えにエルヴィンの耳元で囁くように言うと、彼は身体を起こしてなまえの両足をグッと大きく広げた。より深い角度で彼のモノが突き入れられ、グチュグチュと卑猥な音を立てながら激しく突き回される。
再び快感で目の前が真っ白になる感覚とともに、エルヴィンの熱い飛沫が身体の最奥で弾けた。
「ね、死んだら星になると思う?」
なまえはほとんど無意識でエルヴィンに尋ねた。死んだら星になれるとしたら、年に一度しか逢えないとしても、恋人同士でいたいと思うのだろうか。
吹き出したエルヴィンに我に返る。
いやいや、兵士として隣に並んで闘っていたい。それでたまには触れていたい。年に一度じゃ耐えられない。
既にエルヴィンに執着していることは認めるしかない。でもそれは自分にとっては足枷なんて頑丈なものではなく、結ばれたリボンのようなものなのかもしれない。どちらかが死んだら、ほどけるだけ。
明日からはまた、命を投げ打って戦えるはず。
「死ぬなよ」
死んだら星になるかどうかは死ねばわかるなんて冷たいことを言うくせに、心の中の柔らかいところを平気で突いてくる。
「あなたも」
そう言って笑った。彼も静かに微笑んでいた。
繋いだ手は温かくて、ずっとこのまま時が止まってしまえばいいのにと思う。
「なまえがいたら、よく眠れそうな気がするから」
そう言ってなまえの部屋までついてきたエルヴィンは、本当に一緒に寝るつもりのようだった。さっさとベッドを占領してしまう。
「おいで」
横になって片手で手招きしている彼のもとへいくと、両腕で包み込むように抱きしめられた。
月明かりだけの部屋は輪郭しか見えない。彼の頬に手を添えると、彼の唇が額に触れた。
高鳴る鼓動が徐々に落ち着きを取り戻す頃に、微睡みが訪れた。確かによく眠れそうだが明日起きることができるだろうか。
彼の温もりに包まれながら、せめて夢の中ではただの恋人同士でいられるようにと小さく願った。
(2013.9.20)