Hamlet's heart
壁外で調査活動をする調査兵団の生存率は著しく低い。
そんな中で、エルヴィンは既に5年以上生存していた。多くの仲間を失った。命の炎が消える様を目の当たりにしてきた。
もう何度壁外に出たのかも覚えていないが、壁外調査を明日に控え、エルヴィンは妙な感慨に浸っていた。
明日生きているのか、死んでいるのかも分からない。
妙に興奮し、身体が熱くなった。その一方で心はすうっと寒くなる気がした。
人は死ぬとき、孤独だ。
空に瞬く無数の星を見上げながら、死んだら星になれるのかどうかと柄にもないことを考えていた。やっぱりどこかおかしいらしい。
「どうしたの?顔、怖いよ」
急に声を掛けられ、うわっと声を上げると、空を見上げたエルヴィンを見下ろすようになまえが立っていた。彼女は笑っていたが、その表情は寂しそうに見えた。
兵舎裏にあるこの丘は、エルヴィンが気に入っている場所だった。こうして夜更けに来ることもあれば、芝生に転がって昼寝をすることもある。何のきっかけかは忘れたが、なまえに見つかって以来、彼女もたまに訪れているようだった。
「驚かせないでくれよ。どうしたんだ? こんな夜に。明日早いぞ」
「なんか、眠れなくて」
そう言って、エルヴィンの隣に腰を下ろした。彼女は同期で入団した数少ない生き残りの兵士だった。壁外の恐ろしさを嫌という程知っているはずだ。経験を積んだ兵士でも壁外調査の前はナーバスになる者が少なくない。
彼女は呟くように続けた。
「死ぬのは怖くない……と思う。だけど」
沈黙が続いた。エルヴィンがそっと隣の彼女を覗き見ると、思いの外綺麗な横顔に見惚れそうになって、慌てて目を逸らす。
「……いいや、やめた」
彼女は結局ぶっきらぼうに言い捨てると、立ち上がろうとする。
「どうして? 言ってよ。……最後になるかもしれない」
エルヴィンはほとんど無意識に彼女の腕を掴んで、引き止めた。
「別に最後になってもいいよ。どうせ使い捨ての兵士だし、そうやって死んでいった仲間を何人も見てきた」
「僕だって、同じだよ。明日死ぬ可能性があるのは一緒だ」
「……手、あったかいね」
なまえの腕を掴んでいた手に、彼女のそれが重ねられた。彼女の手は少し冷たかった。
「寒い?」
そう言ってエルヴィンはなまえを包み込むように抱きしめた。
なまえの背中をかき抱くようにして、身体を密着させていった。女の子の柔らかい良い匂いがすると思った。気がつけばなまえもエルヴィンの背中に手を回している。
彼女を抱くのは初めてではなかった。恋だとか愛だとかいう淡い感情を持つのも憚られる過酷な環境に身を置く兵士たちは、それでも募る肉欲をお互いの身体で紛らわすことが往々にしてあった。彼女とそうなったきっかけは、これまた忘れてしまったが。
「……っ、寒いよ!」
エルヴィンの胸に顔を埋めながら、彼女が言った。ちょっと涙声に聞こえる。
「あっためてあげる」
エルヴィンがなまえの耳元で囁くと、顔を上げた彼女と目が合う。やっぱり涙目だ。目元にそっと口づけると、しょっぱい涙の味がした。
なまえを組み敷きながら思う。その声も、吐息も、草の上に散らばる髪も、筋肉がついたしなやかな身体も、涙に濡れる瞳も、なにもかもが綺麗で、愛おしい。身体を繋げているときだけ沸き上がってくる、不思議な感情だった。普段は心の奥底に仕舞っている、彼女に対する欲望。
骨張った手でなまえの秘裂に指を這わせていく。秘芽を刺激しながら、蜜で濡れてきたそこを指で何度も往復させると、なまえはあえかな吐息を洩らし、快感に耐えているようだった。
やがて濡れそぼった蜜壷に指を飲み込ませて抽送させていくと、手を口に当てて喘ぎを堪えていた。彼女はもともと激しく喘ぐタイプではなかったが、野外だからだろうか。
自分の中の黒い欲望が彼女をもっと啼かせたい、もっと乱したいと叫んでいた。
「ね、声、聞かせて」
「んっ、ヤダ……恥ずかしい」
「もっとなまえの恥ずかしいところ、見たい」
「……っ、ヘンタイ」
「なにを今更」
そう言って意地悪く笑うと、熱く膨れ上がった肉棒を彼女の蜜壷に一気に突き入れた。
「あっ……あぁ……っ」
赤くなって恥じらいながら否定しても、こうやって素直に言うことを聞くんだ。
彼女の仕草のひとつひとつがエルヴィンの中の欲望を満たしていった。
緩急を付けながら突き動かしていくと、彼女は嬌声を上げてよがっていった。瞳からは新しい涙がこぼれている。熱い吐息を洩らしながら、エルヴィンの肩口に強くしがみついていた。
ふと彼女が壊れてしまわないか心配になる。鍛えた身体をしていても、自分との体格差はかなりあった。こんなにも小さくて、細くて、オンナノコなのに……。
可愛いと思うし、守ってあげたいと思う。
好きって言われたら好きかもしれない。愛しているのかもしれない。
だけど、口に出してはいけないんだ。
優しく抱いてはあげられるけれど、何も約束できない。明日の自分の命さえ。
彼女もそれを知っているはずだ。
やがて彼女がガクガクと打ち震えながら達するのを見届けて、白濁した劣情を彼女の中に注ぎ込んだ。
仰向けでぐったりと身体を弛緩させた彼女がぽつりと呟いた。
「ね、死んだら星になれると思う?」
エルヴィンは思わず、ぶっと小さく吹き出し、苦笑してしまった。我ながららしくない感慨に浸っていたんだなとしみじみする。彼女も同じような思いでいるのかもしれない。
気づくと隣でなまえが不機嫌に頬を膨らませていた。その様子に思わず顔が綻ぶ。
「死んだら分かるんじゃないか」
「ふふ、そうだね」
「死ぬなよ」
君には生きていてほしい、なぜだか分からないけど、そう強く思った。口には出さなかったけれど。
二人で仰向けになって、満点の星空を見上げた。明日からまた二人とも孤独な兵士だ。
甘い感傷に浸っていられるのも今のうちだけだ。繋いだ手から感じられる彼女の温もりが恋しい。
同じベッドで寝たら気持ちよさそうだと思う。軍規に忠実ななまえが許してくれるだろうか?
彼女の耳元でそっと囁く。
「ね、今日一緒に寝ていい?」
「もう寝たじゃない」
「そうじゃなくて」
「明日早いよ」
「なまえが隣にいたら、よく眠れそうな気がするから」
そう言って、エルヴィンはなまえにちゅっと口づける。
せめて今宵だけは。
(2013.9.19)