希望的観測

 人類の希望である調査兵団の、絶対的な英雄であるリヴァイ兵士長の副官になまえが抜擢されたのは、つい先月のことだ。彼は側に置く者を直々に選んでいるという。彼の班である特別作戦班も彼が見込んだ精鋭によって編成されていた。
 しかしなまえには精鋭と呼ばれるほどの実績も実力もなかった。明らかに適正でない人事に戸惑う間もなく、鬼のような兵士長に振り回される日々が続いている。
 氷のように冷たい表情で蔑まれ、見下され、罵倒される毎日。

 いや、全ては私の実力不足のせいなのだ。そのせいで兵長に迷惑を掛け、怒らせている。実力がなければ努力でカバーするしかない。でもこれ以上頑張れるだろうか……
 心の端っこにほんの少しだけ残っているモチベーションを大事に掬い上げて、育てていかなければ。あれ? 掬おうにも指の間からすり抜けて落ちてしまう。
 視界がどんどん霞んで見えなくなっていく。どうして? 私はもっと頑張れるはずなのに。

「なまえ、また泣いているのか?」

 すん、と鼻を鳴らしながら、背後からやってくる男の足音が聞こえると、なまえは急いで涙を拭った。
 いつも隠れて泣いているのに、どうしてミケさんにはすぐに見つかってしまうんだろう。

「泣いてない……です」
「またリヴァイにやられたのか?」

 頬に少しだけ残っていたらしい涙を、彼の大きな温かい手で頬を包み込まれるように触れられながら、親指でそっと拭われる。

「私が悪いんです。兵長の要求どおりに、ちゃんとできないから……」
「アイツは自分の欲望に忠実すぎるからな。助けてやりたいのは山々だが……」

 見つめあう二人の視線が絡む。いい雰囲気にミケの心臓が高鳴るが、彼の鼻はまたすぐに匂いを感じ取った。潔癖性な彼の匂いを。ああ、タイムリミットだ。

「なまえ、こんなところにいたのか。まだノルマが終わってねぇぞ。早くしろ」

 悲壮なまでに青ざめた顔のなまえが、リヴァイに引きずられるように連れていかれるのを、ミケは名残惜しそうに見送った。

「可哀想に」
 
 まあ、役得なんだがな。彼はそう小さく呟き、顎を擦りながら殆ど表情を変えずに口角を上げた。





 今日もリヴァイは容赦なかった。なまえはボロボロになって、疲れた身体を引きずるようにして自室へと向かうと、部屋の扉にもたれ掛かるように長身の体格の良い男性が立っているのが見えた。言葉数は少なくて、何を考えているのかよくわからない人だったが、いつも辛く苦しいときに現れ、慰めてくれる、とても優しい彼の姿だった。

「ミケさん……」
「お疲れさん」
 
 その慈愛のこもった優しげな表情で、鬼の兵長からは聞いたこともない労りの言葉を掛けられる。ポキポキに折れた心が瞬時に修復していくようだった。

「……っ、ミケさぁん!!」

 なまえは彼の広い胸に思わず飛び込むと涙ぐんだ。「よしよし」と頭を撫でられると、胸いっぱいにあったかい優しい気持ちが満たされ、安心感が広がる。

 立ち話もなんなので、と彼を部屋に招き入れると、ミケは「お前は疲れてるだろ」と言いながら率先して温かい紅茶を入れてくれた。手慣れたその手付きに、なまえはぼうっと見とれてしまう。

 ミケさんは、悲しいときや辛いときにどこからともなく現れ、癒してくれる……王子様? って感じでもないし、でもこの包容力はなんなんだろう。

「ミケさんて……お父さん? う〜ん……じゃなくて、お母さんみたい」

 ぽそっと呟くと、ガシャーンと派手な音をさせてケトルの蓋を落とし、呆然と立ち尽すミケの姿が目に入る。何か言ってはいけないことを言ったのだろうか? 

「大丈夫ですか? ミケさん」
 
 駆け寄ってケトルの蓋を拾い、ミケに手渡す。

「……酷いな。せめてお兄さんだろう」

 困ったように眉を寄せ、皮肉げに笑うミケが、なぜだか格好よく見えて、なまえは思わずどきっとしてしまう。ケトルの蓋を持った手が捕まれ、ぎゅっと強く握られた。彼は怒っているのかもしれない。

「ご、ごめんなさい。ミケお兄さん」
「……はぁ、なまえは……」

 ミケさんはそのままがっくりと床に膝を付いて、項垂れた。

「ごめんなさい!! 怒らないで!」

 なまえが焦ってミケの肩を揺さぶると、急に頭を持ち上げた彼と目が合う。

「キス、してくれたら許す」
「……え?」
「俺は、お前のお母さんでもお父さんでも、お兄さんでもない。なまえに振り向いて欲しい、下心満載のただの男で……」

 彼の腕がそっと伸びてくるのに気付かずに、後頭部に手を回され引き寄せられると、なまえの返答を待たずに唇が塞がれた。

「ん……っ、ミケさ……」

 優しく啄むように、舌で口内を責められる。名残惜しそうに唇をひと舐めされて、ようやく唇が離された頃にはなまえは息も絶え絶えだった。力の抜けた身体はいつの間にか彼の腕の中にすっぽり収まっていて、強く抱きしめられている。

「かわいい、な」
「ミケさん……」

 突然の彼の行動に心臓がドキドキして、思考が追いつかない。その間にひょいっと抱えられてしまった。

「本当はもう少し待っても良かったんだけど、このままじゃ家族になっちゃいそうだから」

 彼はなまえをベッドに下ろすと、やれやれといった表情で、再びキスをして、なまえの身体を優しく弄り始めた。

「んっ、う、嘘……ミケさんは大人だから、私のことなんて……」
「泣いてるのがいつも匂いでわかるんだよ。放っておけなくて、気付いたら……」

 好きになってた。

 そう囁く彼の声に、やはりそんな馬鹿なとしか思えなくて、なまえは涙を零してしまう。

「ああ、また泣いて……ごめんな。やっぱりしばらくお兄さんでいいから」

 そう言って身体を離すミケに、なまえは慌ててしがみついた。

「ううん……、私、ミケさんの気持ちに気付かないで甘えるばっかりで。自分に自分で呆れてたの」
「無理しなくて、いいんだぞ」
「いつも優しくしてくれて、嬉しかった。ミケさんがお兄さんでも、いい。……好き」

 あれ? 混乱して変なこと口走った? そう気付いたときには既に遅かった。

「……じゃあ、まずはイケナイことする兄妹になろうか?」
「えっ、それってどういう……」

 すん、と鼻を鳴らし、妙に色っぽい表情のミケさんに見下ろされると、ぞくっとするような感覚に囚われる。

「煽ったのはなまえだからな」
「ちょ、ちょっと待って」
「駄目だ、もう待てない」

 ミケの太ももが膝を割って入ってくると、彼の股間の屹立の感触を足に感じた。その生々しさに血が逆流しそうなほど、胸がドキドキする。

 ――男の人、なんだ。だけど。

 生々しい感触は、ミケが弄る自らの脚の間からも伝っていった。一本、二本と膣内に埋め込まれる指が増やされ、いやらしい水音を響かせながら与えられる刺激に、腰が勝手に浮いて、おかしくなりそうになる。 

「……っ、こんな……、お兄さんじゃ、嫌……」
「じゃあ、恋人になってくれるか?」
「え……、でもそれも、もったいなくて」
「なんだそれ……」

 恋人はいつか別れちゃうかもしれないけど、兄妹なら絆は切れないでしょう?

 そう言うなまえに、ミケは照れたように苦笑する。

「とりあえず、試してから考えよう、な?」 

 その瞬間、ミケの大きすぎるモノが入り口に押し当てられると、ぐりっとめりこむように、徐々に侵入してきた。その質量を伴った熱に、なまえは悲鳴に近い声を上げて顔を歪ませる。

「やあ……、苦し……っ」
「泣き顔もイイと思ってたけど、なまえのこんな顔もそそられる」
「っ、恥ずかし……、ミケさん」

 顔を隠そうとする手を彼の手で戒められると、ミケの腰がゆっくりと動かされる。

「あ……っ、んっ、……うぅ、ん……」
「どうだ? 恋人になるか?」

 彼女の最奥をグリグリと刺激しながらミケが尋ねた問いに、目をつぶって快感に震えながらこくこくと頷くなまえを見て、ミケは少し微笑んでみせ、腰の動きをいっそう激しくしてなまえをさらに喘がせた。
 




「ああ、また掃除の一日が始まる……」
 
 幸せな気分に包まれているはずの、二人で過ごした翌朝なのに、憂鬱なことを思い出して溜め息をついた。
 
「守ってやれなくてごめんな。慰めてやることしかできないが」
「ううん、いつもありがとう」
 
 そう言いつつも、顔色が悪く青ざめているなまえをフォローしようとミケは優しく励ました。リヴァイが焦るのも無理はないんだ、もうすぐ今年が終わるからな。

「リヴァイのお掃除スキルを身につけたら、いい嫁さんになれるさ」
「……そしたら、貰ってくれますか?」
「……え!?」

 その寡黙な彼が真っ赤になって取り乱すのを見て、なまえは兵長の過剰なまでの要求にも、これからは耐えられそうな気がした。

「……がんばろっと」


(2013.12.30)
Thanks:エリスさま

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