正しい愛の捧げかた

「なまえ、クリスマスパーティーまた仮装するんだろ? 楽しみにしてるぜ」
「うん! ジャンもエレンも一緒に仮装しようよ!」
「衣装がねえよ。なあジャン」
「お前は巨人のコスプレでいいじゃねえか!」
「ひでえ」
「あはは、会場が潰れちゃうよ〜」

 リヴァイが兵舎の廊下を歩いていると、なまえと同期が立ち話をしているところに偶然出くわした。彼は思わず物陰に身を潜め、その会話の内容を盗み聞きする。
 104期はまたパーティーを企画しているらしい。それはいい、それはいいのだ。他の兵士との信頼関係は重要だし、こういったイベントも仲間との結束を強めるのに役立つ、とリヴァイは前にもこんなことを考えたことがあったことを思い出す。
 恋人といってもなまえはまだまだ子供で、恋人とロマンチックに過ごすより、仲間とワイワイ盛り上がるのが楽しい年頃なのだろう。イブかクリスマスのどちらかを一緒に過ごせれば十分だ、と彼は自分を納得させた。クリスマスとはいえ年末も近く、リヴァイも職務で忙しくなることが予想される。構ってやれなくなるかもしれないしな、と。
 しかし「なまえのコスプレを楽しみにしている」などと不届きな発言をしたジャンは、その翌日の訓練でリヴァイにしごかれまくることになる。「報いを受けて当然だ」と眉間に皺を寄せたリヴァイに冷たく見下ろされるが、全く心当たりがなく狼狽えるジャンを、同期は不憫そうに見つめた。

 

 夜は必ずどちらかの部屋で一緒に過ごすのが習慣となっている。なまえがゆったり寛いだところで、リヴァイは彼女のクリスマスの予定をさりげなく聞き出した。

「え? クリスマスの予定? 24日は女子会だし、25日は104期でパーティーです〜」
「な……」

 なんだと……?
 リヴァイは開いた口が塞がらなかった。恋人のためにどちらかは空けておくのが普通だろう。しかも25日は彼の誕生日だった。
 想像もしていなかったなまえの返答に、驚きと呆れで震えそうになるのをリヴァイは必死で抑える。

「なにかあるんですか?」
「……」

 すっとぼけたことを抜かしやがる。
 こいつは本当に俺の恋人だという自覚があるのだろうか? 都合よく寝るだけの相手だと思ってはいないか?
 リヴァイはふう、と短く溜息を吐き、冷静さを取り戻そうとした。そうだ、もう一つ確かめなければならないことがあった。

「そういえば、またコスプレするらしいな。また変なのじゃねえだろうな」
「変って! ひどいなあ! 今度はセクシーサンタですよ〜。またハンジさんの力作で……」
「採寸でまた脱いだ……、なんて言わないよな?」
「だ、だってハンジさんが、完璧なクオリティーを求めてるって言うから……」
「お前なぁ……」
「ひっ」

 怒りのあまり、リヴァイはいつもよりさらに鋭い視線になってしまったのだろう、なまえはビクビクと震えながら怯えた目で彼を見つめた。

「俺が怖いか? 誰が怒らせてると思ってるんだ?」
「すみません、私……? ですよね……?」
「もういい、お前には呆れた」
「待って! 待ってください兵長!! 見捨てないで!」

 縋り付くような目を向け、涙を滲ませながら懇願するなまえを見下ろすと、今までの呆れや怒りがどこかに吹き飛んでしまう。
 人類最強がこんな小娘に振り回されているなど、一体誰が想像するだろう。ちょっと(いや結構か?)年上だからって、余裕なんて全然無かった。主導権を握っているようで、弄ばれているのは俺のほうに違いない。無邪気なふりして、小悪魔のように人を誘惑し、振り回す。
 見捨てるわけがないだろう? こんなに可愛くて仕方がないのに。最初は奇怪で理解不能に思えたなまえの言動も、今では妖精のように愛らしく見えるようになってしまった。好きという気持ちがかけるフィルターは恐ろしいということを身を以て知ってしまう。

「だったら解るよな?」

 そう言って、リヴァイはなまえにキスをした。
 とろけるような、柔らかい唇。首筋にまで舌を這わすと、何故だか甘く感じる。砂糖菓子のように脆くほどけるような感覚の中でなまえの身体を弄り、堪能していく。
 恋に溺れるというのは、こういうことなのか? 幸せな気分より、何故だか怖いと感じるのは気のせいだろうか。調査兵は巨人の脅威にも晒される、他の男の脅威もある。いつ彼女が命を、心を、他のヤツ(巨人含む)に奪われてしまうかもわからない。そんな思いを打ち消すかのようになまえを喘がせ、また自らも快楽の中に沈んでいった。 
 


 25日のクリスマスパーティーは、前回のハロウィンの時以上に大規模なものになった。なまえはミニスカートのサンタのコスプレ衣装を纏い、楽しそうな様子だ。
 リヴァイは前回のように彼女を守るわけにもいかず、ただ生足を出したname1#を見る男共は全員削ぐといわんばかりの眼光を放っていた。
 
 パーティーが始まると、乾杯の音頭を取るのは、団長であるエルヴィンだった。

「諸君、メリークリスマス! いつも殺伐としている我が兵団だが、たまには楽しく盛り上がろう。それと今日は、我が調査兵団の主力であり人類最強と謳われる英雄、リヴァイ兵士長の誕生日でもある。おめでとうリヴァイ! 皆も祝ってやってくれ。では、乾杯!」

 エルヴィンがこんな席に引っ張り出されるのは珍しいと思っていたが、こういうことかよ、とリヴァイは半分呆れた。もう誕生日を祝われて嬉しい年でもない。エルヴィンよ、お前なら解るはずだろう……? 思いの外盛大に祝われそうな雰囲気に軽く眩暈を覚える。

「兵長、おめでとうございます!」

 隣でにっこりと微笑みながら、なまえがグラスをカチンと軽く音を立て、リヴァイのグラスと合わせた。

「お前、知ってたのか?」
「へへ。サプライズだったから内緒にしてたけど、私は兵長のことなら何でも知ってますよ」

 好きな人のことだから、とふわりと笑うなまえはいつもより可愛く見えた。普段はただの小娘なのに、たまに俺の気持ちを見透かしたような顔をして、ドキリとさせられる。

 リヴァイは今日の主役と言わんばかりに持ち上げられ、たくさんのおめでとうの言葉をもらい、お酒もすすめられた。
 そうだ、生存率の高くない調査兵団では、団員の誕生日を盛大に祝うという慣習があるらしい…… それにしたって、限度があるだろう。イベントと誕生日が重なるのは恐ろしいことだ。それでも――
 軽く宙に足が浮きそうな心地よい気分で、パーティーのお開き後、いつものようになまえの部屋へ向かう。
 
「兵長、お酒お強いんですね」
「いや、結構酔っている」
「もう。無理しちゃ駄目ですよ。そろそろ肝臓とか労らないと」
「俺が年だって言いたいのか?」

 そうだ、またひとつ年を取ってしまった。なまえとの年の差がまた開いてしまう。世代間ギャップは埋まらないどころか、なまえと年の近い同期の男に滑稽なまでに嫉妬してしまう。せめてもうすこし近ければ、こんなにやきもきさせられなかったのだろうか。

「早く、追いつきたいんですけどね。早く大人になって、兵長に似合う素敵な女性になりたい」

 こいつも年の差で似たようなことを思っていたんだ、とリヴァイは目を見開いた。

「そのままでいい……、と言いたいところだが」
「え?」
「お前には危機感が足りない。……もう誰の目にも触れさせないように閉じ込めておきたい。巨人の脅威にも晒したくない。安全な場所で、俺だけの帰りを待っていてくれたら……」
「それって……」

 プロポーズみたいだ……
 リヴァイは自分が無意識に口走ったセリフを反芻し、そう思った。酒によって少し紅潮した彼の頬に、さらに赤みが差したように見える。

「ああ! 忘れてくれ! 酒に酔ってどうかしてた」
「へへ……忘れません」
 
 最高のクリスマスプレゼントです、とほんの少し瞳を潤ませたなまえが目に入った。

「それよりサンタにまだプレゼントを貰っていなかったんだが」
「……やだ兵長、もうそんな年じゃないでしょ」
「誕生日でもあるんだが……お前を、貰ってもいいよな?」
「(いつも全部あげてるんだけど……)」

 恥ずかしそうにこくりと頷くなまえを見て、肉欲にも勝って温かな幸せが沸き上がってくるのは、きっと大勢に誕生日を祝われてちょっと浮かれていて、酒に酔っているせいもあるだろう。
 ……そういうことにしておこう。
 

2013.12.25 ハッピーバースデー!兵長!


(2013.12.24)

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