かみさまのきまぐれ | ナノ
Side:h
「咲山、何ちんたらしてるんだよ!早く!」
「うぜぇな、休日に人を借り出しておいて…」
「何言ってんだよ。オマエだって帝国サッカー部の一員だろ」
今日は、FFI日本代表の選考試合である。
鬼道さんと佐久間が栄えある代表候補に選ばれたので、学校が休みであるということもありチームで応援をしに来たのだった。
「先パーイ、成神がいませーん」
「はぁ?あの野郎どこ行きやがった!ったく…」
昨日、鬼道さん率いるBチームが帝国学園にやってきて、合同で練習した。
久しぶりにみた鬼道さんのゲームメイクは相変わらず素晴らしいものだった。いや、日本中を旅してきたということもありますます切れ味の鋭いものとなっていた。
ただ、少しだけ気になるのは時々フィールド上で立ち止まり考え込むような仕草を見せることがあったことだ。新しいチームということもあり、鬼道さんなりに思うことがあったのかもしれない。あくまでオレの見解だが。
「…先パイ?先パイったら!!」
「え?あ、どうした?」
らしくない鬼道さんの様子を思い出していたら、洞面が不思議そうな顔をして見上げていた。それに気付いて取り繕うように返事をする。
「成神どうします?」
「放っておけ。どうせ、試合が始まれば戻ってくるだろう」
「そうだな。もし、何かあっても辺見の監督不届きってことにすればいいし」
あくまで自分は面倒事は御免と言った咲山の聞き捨てならぬセリフに声を荒げる。
「はぁ?オレはアイツの保護者になった覚えはねーよ!源田と寺門は?」
どちらかと言えば、アイツらの方が保護者っぽいだろう。デカいし。
「源田先パイたちなら、鬼道さんたちに会いに行きましたよ?」
「くそっ、抜け駆けかよ」
オレだって、鬼道さん(と佐久間)に会いたいし、一言くらい声を掛けたかったのに。
「なんで、オレが…。つか、ケータイ出ろよな…」
ぶつぶつと文句を垂れつつ、無駄に広い雷門の敷地内を歩いている。
結局、咲山にいいように言い包められて、成神を捜すことになった。どうせトイレにでも行ったのだろう。試合が始まる頃には何食わぬ顔をして戻ってくるに違いない。
「しかし…」
足を止めて、ぐるりとあたりを見回す。
雷門になんてあの試合以来訪れていないし、先の宇宙人の襲来によって破壊された校舎は跡形もなくなり、今では真新しい校舎へと姿を変えている。帝国には遠く及ばないにしても、一般的にみれば、校舎も敷地も広い方だろう。
そんなところでひと一人を捜すなんて無謀にも思える。だからと言って、すぐに皆の元へ帰ったら咲山になんて言われるかわからない。
故に、散策がてらに敷地内を歩き回り、それなりに時間が経ったら適当に帰るつもりだ。傍から真面目に捜すつもりなど毛頭ない。
ぐるりと本校舎の周りを一周しても本来の目的である成神の姿は発見できなかったが、仕方ないということにしておこう。
「帰るか…」
ケータイをチェックすれば、試合の開始時刻が迫っていた。グラウンドに目を遣れば、試合を観にきた人々が続々と集まってきている。もうしばらくすれば選手たちもウォーミングアップを始めることだろう。
最後に、とのちに代表選手たちの宿舎となる(らしい)建物の前を通った。別にこのまま咲山たちの元へ帰ってもよかったのだが、なんとなく、本当になんとなく気になったのだ。
建物の入り口には水道が付属されており、そこで顔を洗っている人物がいた。ユニフォームを見る限り、代表候補のひとりらしい。
丁度、その前を通り過ぎる頃、その人物はぷはっと水から顔を離し、ふるふると水気を切るように首を振る。
歩きながらその一連の動作を眺めていると、思わず足が止まった。
「…なんで…?」
そんなことあるわけない。
だって、アイツは、愛媛で沈んだのだ。
呆然と立ち尽くしていると、タオルで顔を拭き終わったソイツがオレに気付き目を見開いた。
「……」
「……」
信じられない、という目でオレを見ている。きっと、オレだって同じような目をしているに違いない。
だって、信じられるか?
数か月前、愛媛で出会い短い時を共に過ごし、そして思い出したくないような別れ方をした人が目の前に立っているのだ。
しばらく時を忘れて見つめ合っていると、不意に視線を外された。そのまま無言でオレの隣を通り去るソイツに数秒遅れて反応する。
「ま、待て!」
振り向くことはなかったが、ソイツの足はピタッと止まった。
「…何?」
「よかった…」
「…え…」
「生きていて、よかった」
言いたいことはほかにもあったけど、きっとこれが一番言いたかったことだと、心から思った。